一瞬にして風が消え、糸が切れたようにリュシアが落下する。 セイは駆けだし、地面に落ちる直前でなんとかリュシアを抱き止める事に成功した。 「リュシア!」 「リュシ、ア?」 セイの後から声をかけるトゥールとサーシャの声にも反応せず、リュシアの目は開かれず眠っているようだった。 「…とりあえず生きてはいるみたいだな。」 「そう、良かった。」 サーシャはその場で息を吐く。トゥールの影に隠れていたとは言え、冷えてこわばった体はなかなか動かない。 トゥールもそれは同じらしく、二人でその場に座り込んだ。 冷風を浴び続けた体は、なかなか動かない。どこか凍傷になっているかもしれないと思いながら、トゥールはゆっくりと 体を日に当てる。 「…でも、なんだったんだろ…あれ。リュシアなのか、リュシアの中に、誰かいたのか…。」 「漂う魔の力を利用して、一時的に流れる血の力を増幅させ、擬似的に人格を作り上げた…?」 「なんだそれは。」 サーシャの言葉に、セイは振り向きもせず問う。サーシャは中の声を思いだしながら、自分なりに 噛み砕いて説明してみる。 考える事が怖くないと言えば、嘘になる。 「…私にも分からないけれど、…私の中の『何か』がそう言ったの。」 優しい声だった。そして、絶対的な声でもあった。自分の声のようであり、自分ではない声。 内に眠る、何か。 「何かって、前、オーブについての事教えてくれたりしたやつ?」 トゥールの言葉に、サーシャは少しだけ首をかしげる。 「分からないわ。だって今まで、それを意識した事がなかったんだもの。…でも、私の中に、何かいて、 それがそう、言っていたの。」 体の中に何かいて、それが自分をのっとろうとした。それを意識するのは、恐ろしい事だった。 だが、今はその恐怖を後ろに回して、サーシャは話を続けた。 「多分、リュシアのは…私のそれとは、違うわ。魔力で体が振り回されて気持ちが 高ぶったのを利用して、リュシアが、エリューシアの振りをしてたってことなのかしら…?」 「ああ、つまりお酒に酔って別人になりきってたみたいな感じかな?」 トゥールの言葉に、サーシャは少し顔を引きつらせる。 「…いや、私にも良く分からないけど。…そうなのかしら。」 「ともかく、リュシアはリュシアってことだな。…酔ってたんなら覚えてないんだろうな、さっきまでのこと。… その方がいいな。」 セイの言葉に、サーシャは顔を暗くする。 「でも、ちゃんと話さないと。…私は、ちゃんと話したいの。」 「僕は、聞きたいかな。リュシアに。…ずっと僕のことばかり話して、リュシアの事はあんまり聞いてない 気がするんだ。」 「…そうだな。目が覚めたらそうしろ。」 セイはそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。 セイの胸の中のリュシアは、いまだ気を失ったままだった。セイはトゥールたちに背を向けたまま歩き出す。サーシャは まだ動かない体をいらだたしげに思いながら、焦って呼び止めた。 「セイ、どこにいくの?」 「宿屋に寝かせる。あそこはまだましだろう。」 「…あのさ、セイ、もしかして、さぁ。」 トゥールが遠慮がちに口を開く。 最後のあの言葉。ヤヨイさんの言葉と合わさる。ずっとセイが口に出していた黒髪へのコンプレックスを 思いながら、おそるおそる口にする。 「…リュシアの事、好きなの?」 セイの足が止まる。まるで凍ったようだった。しばらくして、意地の悪い声が聞こえた。 「…リュシアが何を見てたのか、教えてやろうか?」 「なんのこと?」 「…今のお前等の姿、見てみろよ。」 サーシャがハッとなって、マントから手を離す。 マントの根元にしがみつくその様は、斜め上から見れば、トゥール自身に すがりついていたように見えなくもないだろう。 「ま、そんなわけで今回の件でお前等の質問の権利は認めない事にする。じゃ、後でな。」 振り向かないセイの耳が、わずかに赤らんでいたのは、トゥールの気のせいだろうか。セイはそんな茶化した声で ごまかして、宿屋の方へと歩いて行った。 「わかった。体が温まったら僕達も宿屋に行くよ。」 暖かな日の光が、冷たい体をゆっくりと溶かそうとしていた。 |
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