真上から、太陽がまぶたを焼く。まぶしさに目を開けた。
 もれていた光は、天井の隙間。体を起こすと、ぼろぼろの宿。
(やっぱり、夢じゃなかった。)
 あの幸せな闇は、消えてしまったのだと…それがただの夢幻で、この目を焼くような 光が現実なのだ。
 あの、誰もいない朝は、本当にあった事なのだとリュシアは絶望に涙を一粒こぼした。
(今も、誰もいない…。)
 静かな部屋を見渡して、リュシアの視線が止まった。
 部屋の隅の椅子で、転寝をしているサーシャが目に入ったからだ。


 そっとサーシャが目を覚ました。
「…あ、リュシア…。」
「サーシャ…。」
 なんと言おうかためらうリュシアに、サーシャは立ち上がって近づく。そして、ゆっくりと抱きしめた。
「たくさん、傷つけた。」
 戸惑うリュシアに、サーシャは言葉を重ねる。
「賢者になったのは、私の夢で信念だったの。けれどだからと言って、リュシア、貴女を 傷つける言い訳にはならない。リュシアは私の気持ちを考えて、夢を応援してくれたのに、私は それに応えられなかった。」
 サーシャはリュシアを抱き絞めたまま、ゆっくりと話していく。その暖かさが、リュシアを支えた。
「ごめんなさい、トゥールに振られたこと、本当は知っていたの。…私には何も出来なかったかもしれないけど。 そんなやり方じゃなくてもっとちゃんと話せば良かった。できた事はたくさんあるのに。」
「…サーシャ。」
「なんて言えばいいか、リュシアが起きるまでずっと考えてたんだけれど。やっぱりなんて言っていいかわからないわ。 ずっといろんな人の沢山の悩みを聞いてきたのに、駄目ね、私。」
 サーシャはゆっくりと腕をはずし、リュシアを真正面から見据える。
「大好きよ、リュシア。…リュシアが私をどう思っていても、私はリュシアの事、好きだから。」
「違う、の…、あれは…。消えて欲しいなんて、思ってなくて、ただ…。」
 どう言って良いか分からず、リュシアはうつむく。
 あれは、エリューシアでリュシアではない。でも、あれは確かにリュシアで、上手く説明できない。
『あんなこと思っていない。』そう言えない自分がいる。
 首を振るリュシアに、サーシャは優しく微笑む。
「…リュシアの心の大部分が好意で占められていても、残りのほんのちょっとで、私の事を 嫌だと思う部分があったんじゃないかなって。あれはリュシアの『嫌い』が前に出してきたんじゃないかなって。 だから、それもリュシアの心で、真実だと思うわ。誰にでもある、当たり前の心。」
 リュシアはこくんと頷く。サーシャは微笑む。
「私は、それを小さく出来たらなって思うわ。完全に消してしまうのは無理かもしれないけど、でも、頑張りたいの。」
「サーシャ…ごめんなさい、リュシアの事、許してくれる?」
 いつもの顔でそう言われ、サーシャは微笑む。
「私に、許すなんて言える権利なんてない。…ねぇ、リュシア。私思ったの。仲間だとか、幼馴染だとか、必要だとかそんなものの 前に、必要な言葉があったんだって。」
 サーシャの言葉に、リュシアは目を丸くする。サーシャはとても美しい、それでいて心に染み入るような暖かな笑みを浮かべる。
「…私と友達になって下さい。いつか、リュシアと同じ心の痛みに泣いて、私の喜びを分け合って、 当たり前の事を笑って話し合う、そんな人間に、なりたい。」
 リュシアは頷く。その笑顔を見て感じる。
 綺麗でずるいとか、賢者で羨ましいとかそんな事よりも、もっと。
「うん。リュシアも、リュシアも、サーシャの事、好きよ。」
 それを聞いてサーシャは息を吐く。そして、二人は笑い合った。


 リュシアは少しずつ話した。みんなで話している時に会話に入れなくて悲しかった事。トゥールに振られて居場所がなくなったと 感じた事。そして。
「あのね…皆がギーツと一緒に行った時。ママがね、言ったの。『コラードさんと、結婚しようと思うの』って。」
「父さん!?」
 サーシャが飛び上がる。リュシアが頷く。
「リュシア達が旅に出て、ご飯食べて仲良くなったって。一緒にいられて幸せだって。」
「…何、やってるのよ、父さんは…。」
 サーシャは頭を抱えた。リュシアは暗い顔で話を続ける。
「魔王を倒して帰ってきたら、サーシャと四人で家族になれたら幸せねって。ママ、幸せそうだったの。綺麗だったの。 …でも………。」
「寂しかったのよね?だって、ルイーダさんはずっとリュシアのお母さんだったんだから。」
 リュシアはこくんと小さく頷いた。
「…リュシア、邪魔だったのかなって。ずっとママはリュシアを育ててくれて、辛かったのかなって。 でも、サーシャのお父さんに、ママを取られたみたいで。結婚して、家族になっても、リュシアはママの子供じゃないから、 サーシャにもとられたみたいで、…寂しかった。」
「…もう、父さんは…。母さんが死んでから5年も経ってるとから仕方ないと言うべきなのかしら、 それともメーベルさんを見習いなさいというべきなのか…。」
 そう言いながら眉にしわをよせるサーシャ。そのサーシャの顔を、リュシアは覗きこむ。
「サーシャは、反対?」
「そうね。リュシアは嫌なんでしょう?誰かを不幸にする結婚は賛成できないわね。」
 きっぱりと言うサーシャに、リュシアが小さな声で、もう一度問う。
「…サーシャは、嫌じゃないの?」
「私は、…正直に言うと別にかまわないわ。旅に出た時点で私は私の人生を歩みだしたから、 父さんも私の父さんって言う役割以外に、自分の人生を歩んでも良いと思っているの。」
 あっさりと言うサーシャ。
「…サーシャは凄いの。」
「凄くないわよ。見方を変えれば冷たいかもって思うもの。リュシアはルイーダさんがとってもとっても大好きだし、 父さんを父親だと思わないといけないけど思えなくって悩んでいるんでしょう?」
「…サーシャはママをママと思える?」
「…母親だと、思わないわ。私の母親は、やっぱり母さん一人よ。結婚しても、ルイーダさんはルイーダさんよ。あと父さんの奥さんね。 ルイーダさんは大好きだし、一緒に暮らせば楽しいでしょうけど、母親だとは思わないと思うわ。だから、 リュシア、嫌なら反対したらいいのよ?」
 リュシアは首を振る。
「…本当?血がつながってないとか、育てて貰った恩だとかそんなこと考えなくてもいいのよ。そんなの押し殺して も、誰も幸せになれないんだから。父さんだってそんなこと、望んでいないわ。」
 きっぱりと言いきるサーシャに、親子の絆を感じた気がして、リュシアは少し寂しくなる。
「それにね、きっとルイーダさんは気が付いているわよ。リュシアがそんな風に寂しがってるって。」
 リュシアが顔をあげる。サーシャは柔らかく笑っている。
「それにきっと、言ってくれないなんて薄情だってちょっと寂しく思っているわよ。きっとね。」
「…うん。でもいいの。」
「そっか。」
 リュシアの顔に、なにかすっきりしたようなものを感じて、サーシャは話題を切り上げた。

 落ち着きを取り戻したいつものリュシアが、いつもの笑顔で微笑む。
「リュシア、サーシャの事、好き。でも、…羨ましかったの、サーシャが。出来ないこと、たくさん出来て。 だから、魔法とかたくさん使えて、リュシアもういらないんじゃないかって、だから…。」
「…私ね、リュシアを妹みたいに思ってた。年下だし、いつもトゥールの後ろに隠れてたから、なんとなく 守ってあげたいって気持ちになってた。…でも違うわよね、リュシアは私よりずっと大人だった。私やトゥールに 気を使って気持ちを優先してくれて、色々譲ってくれて。私たちの事、いつも見ていてくれてたんだものね。」
 サーシャがそう言うと、リュシアは真っ赤になってうつむいた。そして小さく首を振る。
「リュシアの中に、エリューシアがいるの。…エリューシアは、リュシアの隠してたい、嫌な心なの。 リュシアね、もっとエリューシアと一緒にお付き合いしないと駄目なの。一緒にいて、もっとお話して… そしたらもっと大人になれる気がするの。…、わたし、頑張るの。」
「…そうね、私も、頑張るわ。嫌な事と。…ね、リュシア、今度聞いて欲しいの、いろんな事。言わないと いけないこと、私も隠したくて黙っていたから。ちゃんと、上手に付き合わないとね。…私の心の闇と。」
 聖痕の事、トゥールの事。セイと話した昔の事。リュシアにもきちんと話したいと思った。
「…今度なの?」
「そう、今度。私がこの部屋で待つの、争奪戦だったのよ?セイとトゥールと。二人ともここで待つって聞かなかったんだから。 私が女の子の寝床に男が二人も立ってるつもりって追い出したけどね。」
 サーシャがくすくすと笑う。
「行ってあげて、二人とも心配していたから。左端の部屋にいるはずだから。」
 リュシアは少し迷って頷き、立ち上がる。リュシアは部屋を出て、ゆっくり左へと歩き出した。


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