目の前にあるのは、うす曇りの空。そして少し色あせて見える、蒼い海。陸地は遠くかすんで見えなかった。
 リュシアは小さく口を開く。
(くら)きこの世界に精霊ルビスが降り立った。そこから大地が生まれた。次に両手を伸ばして上を仰ぎ見た。 そこから空が生まれた。そしてルビスは跪き、そこに海が生まれた。そして最後に、ルビスは命を生み出し、ルビスは 創世神となった。ルビスは神を生み出し、天と地と海、そして命を託した。ルビスは精霊を生み出し、この世界に溢れる 自然を託した。ルビスは人を生み出し、この世界の発展を託した。」
「そうして世界の全ては精霊女神ルビスの慈愛から作られた。 精霊女神の加護と祝福はこの世界に生きる全ての者に捧げられた。…だったか?」
 リュシアは驚いて見る。そこには少し照れたように笑うセイが立っていた。
「…なんだ?間違ってたか?…リュシア、お前そんなに信心深かったか?」
「セイ、知ってるの?覚えてるの?」
 目を丸くするリュシアにセイが苦笑する。
「そんなにおかしいか?」
「…セイこそ、信心深くない。それにジパングにはないから。」
 リュシアの言葉に、セイが頭を掻く。
「言ってなかったか?俺、家を出て1年くらい、教会にいたんだが。」
「…知らない。」
「そうだったか?ちょうど大陸に渡る夫婦がいるって言うんで、密航して乗り込んで、教会まで送って貰ったんだ。 で、本物の父親かと思った神父にそれを否定されて、行く当てもなくて1年くらいそこで住み込んでたんだが… そいつも死んじまって出てきたんだよな。」
 軽く言うセイに、リュシアは更に目を丸くする。
「セイ、神官だったの?」
「見習いみたいなことはやってただけだ。真面目にやってなかったけどな。もうほとんどわすれちまったが、一応 有名なところとか簡単な聖歌くらいなら歌えなくもないな。柄じゃないからやらねーけど。」
 一生懸命神官をやってるセイを想像すると、どこかおかしいような気がして、笑いがこみ上げてきた。


 セイは、小さく笑うリュシアを小突いて、笑いを止める。
「笑うなよな…。で、なんかあったのか?」
「…あのね、書いてあるの。」
「どこにだ?」
 きょろきょろと周りを見渡すセイ。リュシアがあわてて首を振る。
「違うの、あのね、サーシャの背中に、書いてあるの。」
「…アリアハンじゃ、僧侶は背中に刺青をするのか?」
 呆然とするセイに、リュシアはつっかえながらも、なんとか全てを説明した。

 セイはもう一度操舵輪を動かして軌道を修正し、リュシアの元へと戻る。。
「…なるほどなぁ。まぁ、そう言われりゃ、納得するところもあるな。暑くても薄着しないし。」
「…リュシア、気がつかなかった。」
 落ち込むリュシアの頭に、セイがぽんと手を置く。
「ずっとそうならそういうもんだと思うだろ。」
「…リュシア、いっぱいいっぱいだったから。余裕なかったの。」
 リュシアが船縁をぎゅっと握り締める。セイは笑う。
「目標に向かって一直線って事だろ。悪い事じゃねぇよ。ま、俺はホッとしたよ。お前等仲良いな。」
「うん、仲良いよ?」
 不思議そうにするリュシア。それこそが不思議だった。
「あんなことがあったのにな。」
「…嫌だって、思った事、あったの、本当は。」
 リュシアの言葉に、驚いた目をするセイ。それを見て、リュシアが笑う。
「セイ、変。…だって、あんなに綺麗で、なんでもできて、皆に好かれて、リュシア何にも出来なくて、 綺麗じゃなくて…見てて、辛かったの、だから嫌いって思った。心の中。でも、優しくて、 嫌いに、なれなかった。」
「そうか。」
「…でも、ほんとは、ただ、羨ましかった、だけなの。ずっと、あんな風になりたかったの。」
 海風が、ふわりとリュシアの黒い髪を揺らす。その髪をセイは一房つまみ上げる。
「…そうだな、そんなもんなのかもしれねぇな。」
「?」
 髪を捕まれて目を丸くするリュシアを見て、セイは苦笑しながら手を離した。


 しばらく二人で海を見ていたが、やがてリュシアが意を決したように口を開く。
「…セイ、あのね、聞きたいの。」
「俺に?」
 リュシアは頷く。
「あのね、リュシア、ずっと、ずっと、ママに嫌われないことと、 本当の親を見つける事と、ずっとトゥールの側にいること、それだけ 考えてたの、ずっとそれだけを考えて生きてて…他のことなんて、気にしなかったの。」
「…それを悔やんでるのか?誰も責めてないぞ。」
「…誰も責めなくても、反省しないと駄目なの。また、あんなことしたくないの。でもね、セイに聞きたいのは それじゃないの。」
 リュシアが、真剣な顔をして、セイを見る。目が少し潤んでいるようにも見えた。
「?なんだ?」
「わたし、それしか考えてなかったの。…でも、もう終わったの。…これからどうしたらいいのか、 分からないの、ぽっかり穴が開いたみたいで…。セイは、どうだった?」

 自分が空に浮いているような、そんな気分だった。
 産みの親が分かったのが嬉しい。それがとても良い人で愛されていたのも嬉しかった。
 トゥールの事は、寂しいけれどどこか心で覚悟していただけに、今は落ち着いた凪のような気分だ。
 …この先、どう生きればいいんだろう。何をすればいいんだろう。
 こんな事は生まれて初めてで、同じ想いをしたであろう、セイに話を聞きたかったのだ。
 上目遣いに見上げるリュシアを見ながら、セイは頭を掻く。
「…と、言ってもなぁ…、俺その場その場で適当に生きていただけだしなぁ…。やる事ないから 教会に世話になって、なにも考えずに教会を出て、お頭に捕まって…」
「おかしら?」
 くりっと目を丸くするリュシアに、セイは手を振る。
「悪い、話がそれたな。…リュシアは、俺達と一緒に旅をする気はないのか?その、魔王討伐なわけだが。」
「ううん、…お父さんとお母さん、村の皆がそれを望んでる。それに、わたしも、ここでやめるの、嫌。」
 セイはほっとして口をほころばせる。
「やることあるじゃねぇか。いいんだよ、その場その場でやりたいことやっとけ。人生短いんだ。」
「…セイ、年寄りみたい。」
「ばっかやろ、俺ほど若々しい人間はそう居ないぞ?」
 セイはリュシアの後頭部をコツンと小突いた。


 夕暮れが近づいていた。
「サマンオサに向かうんだろう?なんか中央の方へ向かってるけどな。」
「うん、トゥールが言ってた。これでいいんだって。…きっと、今頃、二人話してる。」
 少しだけ寂しそうに聞こえて、セイはつい、口を開いた。
「やることないって言ってたけどよ…リュシアはもう、トゥールの事は…。」
「好きよ。」
 すがすがしいまでにきっぱりとリュシアは言った。
「好き、大好き。変わらない。胸が、痛いの。」
 それは、あまりにも切なさや恋しさが、狂おしいまでに篭っている、聞いている方まで切なくなるような響きがあった。
「…じゃあ…、」
「でもいいの。分からないから。」
「わからない?」
 セイが不思議に思ってリュシアを見ると、リュシアはどこか大人びた、艶っぽいような表情をしていた。
「…わたしね、お父さんとお母さんに抱きしめられた時、もういいやって、思ったの。」
「もういい?」
「トゥールの事、振られちゃったけどでもいいやって、初めて思ったの。…変。だって、それとは違うのに。 でもいいって思った。」
 どこか落ち込んだような、それでいて、どこか色っぽいような不思議な表情に、セイは思わず見とれる。
「…トゥールはリュシアを妹だって言った。…もしかして、リュシアも、そう思ってたのかもって、でも 違うと思うけど、…わからないの。」
 ふっと元の幼い顔になって、セイは息を吐いた。
「そう、なのか?」
「だから、ちゃんと分かるまで待とうかなって。それで好きなら、また頑張るの。」
「そうか、ま、頑張れ。」
 セイはようやくそう言うと、小さく笑ってその場を後にした。

”…あのさ、セイ、もしかして、さぁ。…リュシアの事、好きなの?”
(別に、そんなんじゃねぇよ。)
 トゥールの言葉に、セイは心の中でそう言う。
 ただ、色々気になっていただけだ。ただ。
”俺は、初めて会った時、お前の髪が綺麗だって思ったんだ!”
 ああいう事を声に出すと、妙に意識してしまうだけだ。
 そう思いながらも、くるくると変わるリュシアの表情に見とれてしまう自分に、どこかまずいなと警告を出した。


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