小さく響いたノックの音に、トゥールは顔をあげる。
「はい。」
「サーシャです。ちょっと…いいかしら?」
「え?う、うん、いいけど?」
 変な物は置いてなかったかと周りをきょろきょろ見渡してトゥールは言うと、小さくドアがきしむ音と共に、 サーシャが部屋に入ってきた。
「どうしたのさ?あ?もしかして剣の?今までそれどころじゃなかったもんね。」
「ううん、違うの…、もしかして邪魔した?」
 トゥールが手に持っていた本を見て、サーシャが急いで言う。
「ううん、違うよ、確かめてたんだ。ほら、やっぱりガイアの剣って、サマンオサの三大国宝の一つだ。」
 トゥールが差し出したページは、サマンオサについて書かれたページだった。 隅っこに、幼い文字で”古代三国宝 ガイアの剣 ラーの鏡 変化の杖”と書かれている。 ふと気がつくと、その本は全てトゥールの文字だった。それも、今よりももっと幼い頃の文字だ。
「これ、トゥールが?」
「旅に出る事は分かってたし、一応色々調べたんだよ。でも旅に出てみると全然役に立たないなって思ってたんだけど、 今役に立ったね。これはちょっと面白かったから書きとめただけなんだけど。」
「そう、じゃあサマンオサで合ってるのね。」
「…ただ、サマンオサは今完全に閉鎖してるんだよね。元々攻め込まれないように、岩山の中に作った国だし、船で乗りつけるのは ちょっときついかなぁ…。」
「じゃあ、どこに向かってるの?」
 トゥールは地図を広げる。ロマリアの少し東の岬を指差した。
「ここにね、旅の扉がある。そこからサマンオサに飛べる…と思う、多分。」
「…最後は情けないわね。」
 言ってしまってから、口を押さえる。トゥールが不思議そうに見上げる。
「ん?どうしたの?」
「…私、成長してないわって。ごめんなさい。」
「…良く分からないけど。とりあえず座る?」
 トゥールは自分が座っていた椅子を差し出し、自分は向かい合うようにベッドに座った。


 サーシャは勢い良く、リュシアにしたほとんどの話をもう一度繰り返す。水を流すような勢いで話したのは、 ひとえに何か言われるのが怖かったからだった。

「…そっか、嫌なんじゃなくて、怖かったのか。ごめん。」
「どうして!」
 サーシャは立ち上がる。
「どうして謝るのよ!トゥールは悪い事なんてなんにもしてない、私がただ、勝手に怖がってるの、理由もなく!!」
「…でも、怖かったんでしょう?僕が。怖がらせたなら、謝るべきだと思ったんだよ。…でも良かった。」
 トゥールは笑顔になる。サーシャが驚いてトゥールを見る。
「何が良かったの?」
「サーシャが怖いのは、勇者なんだよね。勇者の僕なんだから。」
「…『勇者』をやめるの?」
 正確に言えば、勇者は転職できない。だが、人を救い、魔王討伐が勇者たる由縁と言うのなら、旅をやめるならトゥールは 勇者ではなくなるだろう。
「やめないよ。終わらす。魔王を倒してしまえば、もう勇者しなくてもいいんだし、僕もやりたい事があるから勇者じゃなくても いいしね。そしたらサーシャも僕を怖がらなくても済む。大団円だね。」
「…そんな、ものなのかしら…?」
「え?何かおかしい?」
 あっけにとられるサーシャと、にこにこと笑うトゥール。サーシャは意を決してトゥールに尋ねる事にした。
「…どうして、トゥールは私と旅をしているの?どうして、…私を信じてくれているの?」


 今から5年前、サーシャの母親のステラが死んだ時、皆が嘆き悲しんだ。優雅な雰囲気を持つ美女は、 町中の男性に愛されていたのだ。
 葬式をしている間も、終えた後も、サーシャは泣いてはいなかった。冷静なようでいて、どこか呆然としている様子に、 皆は「そっとしておいてあげよう」と、遠巻きに見つめていた。
 葬式から3日後、トゥールはなんとなくそれに我慢できなくなり、一人でサーシャを遊びに誘った。サーシャは笑いはしなかったが、 それに無言で応じた。トゥールは、木苺を採ろうと近くの森へと誘った。
 ぼんやりとしているサーシャを、トゥールは慰めるようにいろんな話を、特にサーシャが喜ぶと分かっている父親の 話をたくさんして、サーシャもその気遣いに感謝しながら、二人は森の中を歩いた。
 目的の木苺は、深い崖の近くにあった。危ないから、大人には近寄るなと言われていたところだった。

 ………

 そして、サーシャは崖へと突き出した。
 トゥールはとっさに岩にしがみつく。ささやかな足場があるおかげで、なんとか体重を支えきれているが、登るのは 無理そうだった。
「さ、サーシャ?」
 そう叫ぶトゥールを、どこか無表情で見下ろすサーシャ。そして、一瞬の後、突然大声で泣き始めた。
 サーシャは泣きながらも、周りをなんとか見渡し、樹に絡み付いていた蔦をちぎってトゥールに投げ…トゥールはなんとか助かった。
 その後も、サーシャはひたすら泣き続け、トゥールはそれを見ていた。
 大人が、二人を見つけるその時まで。


(…そう言えば、どうして、私は突き飛ばしたんだったかしら?)
 そこだけが、サーシャはどうしても思い出せなくて、少し首をかしげながらも話を続ける。
「…あの、次の日トゥールは教会まで来たわね。遊ぼうって。…私は遊べないって言ったわ、またあんな事をしそうで怖かったから。」
「うん、でも僕はそれは嫌だったんだよ。」
 幼いトゥールは、教会の前で怒鳴ったのだ。「あんなことで、もう遊ばないなんて言ったら、僕本気で怒るからね!!」と。
「…結局私はあの後、トゥールたちと遊んだ。…今でもそれが正しかったか、わからないの。どうして?トゥールはどうして 私と一緒にいるの?」
「僕さ、中途半端なことは、したくないんだ。」
 突然言いだしたトゥールの言葉を、サーシャは無言で続きを促す。
「やるならやるで、突き通したいって思ってる。…僕あの時、一晩悩んだよ。これからサーシャとどう接するのか。… サーシャが僕に殺意があったのは、良く分かったから。…でも、サーシャはあの時傷ついてたし、本当に やりたくてやったんじゃないって思ったんだよ。ちゃんと僕のこと、助けてくれたし。…だから、信じようって、約束を 守ろうって決めた。決めたから、今も貫き通すよ。一度決めた事だから。」
 サーシャは少し頭を抱える。
「じゃあ、たとえば私が魔王の手先で、本気でトゥールの命を狙ってきたら?」
「説得する。」
 きっぱりとした答えに、サーシャは再び頭を抱える。
「説得しても聞かなくて、私かトゥールか、どちらの命しか助からないなら?」
「両方助かる方法を探すよ。何があっても。…多分それでもどうしようもなくなったら、僕は自分の命を 庇うかもしれない。でももし両方助かる手段を探している最中に、死んでしまっても僕は 多分後悔しないかな。」
「…馬鹿ね…!」
 ため息を吐き出すように、サーシャはそう言う。トゥールは気にしないで笑った。その笑顔を見て、トゥールは今まで 通りの付き合いを本気で望んでいるのだと、分かった。
「うん、それが僕だから。でも、お手柔らかに頼むね。」
「…努力するわ。私だって、こんなの嫌だもの。…ごめんなさい、トゥール。」
「うん、ありがとう、サーシャ。」
 真っ白な気持ちで二人が微笑みあったのは、本当に久しぶりの事だった。




 とりあえず、ようやく仲間らしくなったような気がします。しかし二組とも甘酸っぱい感じが出ていたらいいのですが。 …四人とも別方向向いてますが。
 セイの過去については、いつか外伝でやるかもです。ジパングを出てからになりますが( ジパング内だとかなりえぐいので…)

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