低い音が館に響く。豪華な作りの館だけあってなんとか持ちこたえているようだが、やがて扉も破られるだろう。
「いやだいやだいやだいやだ、オレは間違ってない、オレは死にたくない、オレは何にも悪くないんだーーーー!! 何でオレが行かなきゃいけないんだ、何にも出来ない下等な庶民のくせに、オレに逆らうなんて…」
 ぶつぶつとつぶやくギーツに、セイは容赦ない言葉を浴びせる。
「こんなところでつぶやいてても、何の役にも立たないがな。とっとと言って責任取ってくればいいんじゃねぇ? 上手くすれば命だけは助けて貰えるかもな。」
「…オレは悪くない、なんでオレがこんな目に、オレはずっと正しいことをしてきたんだ…。」
「…逃げる?」
 うずくまって悪態をつくギーツに、震えながらリュシアは声をかけた。
「バシルーラ、アリアハンまでいける。」
「ふざけんな!なんでオレが逃げなきゃいけねーんだよ!!」
 ギーツは立ち上がり、リュシアを殴ろうと歩み寄る。その腕を、側にいたセイが力いっぱいつかんだ。
「いて、いて、いてーよ!!離せよ!!」
「…いいかげんにしろ。リュシアは親切で言ってんのがわかんねーのか?!出る事も逃げもせず 何事もなかった事にでも出来ると思ってんのかよ?!」
 そのまま引きずり出そうとするセイを、トゥールが止めた。
「なんで止めるんだよ?!」
「僕が出る。セイたちは奥にいて。」
 トゥールの言葉は皆に衝撃を与えた。


 唖然とする皆の思考を読み取って、トゥールは照れたように笑う。
「このままほっておけないしさ。リュシア、止められなくて人が入ってきたら、ルーラで三人を連れてアリアハンまで逃げて。」
「そうかトゥール!さすがだな!!オレの変わりに犠牲になってくれるんだな!それでこそ勇者だ!!」
 救われたように言うギーツを横に跳ね除け、リュシアがトゥールに駆け寄って首を振った。
「嫌!!…わたしも行く!」
「リュシア、ありがとう。でもリュシアには危険だよ。さすがに町の人に攻撃呪文を使うのもどうかと思う…、リュシア?!」
 リュシアは泣いていた。ぼろぼろと涙をこぼし、首を振る。
「わたしも行く、もう嫌、わたしだけ逃げるの嫌。一人だけ逃がされるの嫌なの!」
「リュシア、どうしたのさ?大丈夫だよ、セイやサーシャもいるんだし。それに別に戦うわけじゃないんだから、大丈夫だよ。 僕だって駄目になったらルーラで逃げるから、ね?」
 そうなだめるトゥールをいかせまいと、リュシアはトゥールにしがみついて首を振る。
「嫌、絶対やだ…、嫌なの…。」
「落ち着けよ、リュシア。」
 セイがリュシアをトゥールから引き剥がす。
「いや、トゥール一人で行くの嫌。」
「リュシア、落ち着け。戦うわけじゃないんだ、テドンとは違うんだ、ここは。」
 セイの言葉に、リュシアは顔をあげた。


 皆がセイを顔を見る。セイは嘆息しながら親指でギーツを指差した。
「トゥール、お前が行く必要はないと思ってるがな。あいつの責任だろ、何で行くんだ?」
「まぁ、僕に責任がまったくないわけじゃないし、あれだけ興奮してる人たちの所に 幼馴染を放り込むのは後味悪いし…お伽話じゃないんだから、欲張りが全員破滅しなくてもいいと思ってさ。 出来る事があるならやりたいんだよ。」
 トゥールはそう言って、にっこりと微笑む。セイは小さくため息をつくと、呆れたように笑い返した。
「まぁ、二人の事はまかせとけ。」
「…できればギーツの事もお願いしたいんだけど。」
「嫌だね。」
「いざって時に逃げないように見張ってて。」
 トゥールにそう言われ、セイは意を得たりと頷いた。トゥールはいまだしゃくりあげているリュシアを見た。
「リュシアもお願い。頼むね。」
 リュシアは少し考えて、無言で頷いた。そして、ぽかんとしているサーシャを見る。
「…よろしくね、サーシャ。…馬鹿だって怒られるかな?」
 そう笑うトゥールを、凄いと褒めたいような、認めたくないような不思議な気持ちが湧き上がる。
 とても危険で、とても誇らしい幼馴染にサーシャはぎこちない笑みを浮かべる。
「本当に、馬鹿よね。勇者がやることじゃないわよ。」
「かもね。でも『僕』が『出来る』ことだからさ。」
 トゥールは驚くほど真剣な顔で、そう言った。
「…怪我したら治して上げるから…怪我をするなら治せるくらいまでにしてね。」
「うん、行って来るよ。鍵よろしく。」
 そう笑うトゥールを、どうしてこんなに怖いと胸騒ぐのだろうか。それでもサーシャは笑って手を振った。
 トゥールは、最後に、部屋の隅で唖然としているギーツを見る・
「…それからギーツ、忘れないで。僕はギーツを許して貰うために行くわけじゃない。 …もしかしたら僕が行かないほうが、ずっと楽かもしれないよ。」
 ギーツに冷たくそう言うと、トゥールは手を振って玄関の扉を少し開け、颯爽と滑り出た。


 ちょっと短い短編っぽくなりましたが、次回トゥール主役編です。久々にかっこよくできるでしょうか、ドキドキ。
 ほとんどサマンオサの延長みたいな形ですね。あっちがあっさりだった分、こっちでこってりいけたら 良いなと思っております。

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