今まで固く閉められていた扉が、突然内側から押し開けられ、扉を叩いていた数人が転がった。 「な、なんだ?」 すっと音もなく出てきたのが、まだ若い黒髪の少年だと知って、転ばされた町人が唖然としている。 「話を聞いてくれませんか?」 大きくはあるが落ち着いた声で、トゥールは皆に語りかけた。 ギーツと言う言葉を聞いて、転ばされた町人の内、気の短いものに火が付いた。 「お前に用はないんだよ!ギーツを出せ!!」 「邪魔だ!そこをどけ!」 「どけません、ギーツは逃げませんし、逃がすつもりもないです。ただ、僕の話を…、」 トゥールの言葉をさえぎって、誰かが叫んだ。 「おとりになって逃がすつもりだ、取り押さえろ!!」 「え、違う、」 おそらく血の気の多い男たちだろう、三人ほどが斧や鍬や棒を振りかざしてきた。 「ギーツの手先だな!!」 「小僧は黙ってろ!!」 トゥールは一瞬体を沈めると、その勢いのまま、一人の男のどてっぱらを手加減しながら殴りつける。そのまま肩を抑えて 飛び越えながら地へと沈め、襲いかかってきた別の男の頬にこぶしを入れる。そして大地に降り立つと、後ろから斧を 振りかざした男の腰に蹴りを入れた。 あっという間に三人の男が大地へと転がった。そのあまりの出来事に、助けようとした男たちが唖然と こちらを見た。 トゥールは地面に落ちた武器を遠くに置いて、よろよろと立ち上がってくる男たちと、呆然としている 町の人たちを見た。 「えっと、怪我はないですか?…話を聞いてくれませんか?」 よろよろと町の皆の所へ帰っていく男たちと、黙り込む反応に肯定と見なして、トゥールはまっすぐ前を見て、 皆に呼びかけた。 「…始まったぞ。」 横に入るサーシャとリュシアに、セイがささやく。 サーシャとリュシアも扉に耳をくっつけながら頷いた。 「…リュシア、いざとなったら俺がギーツを投げ込むから、トゥールを捕まえてルーラだぞ。」 リュシアはちらりと後ろに視線を向けて頷いた。その視線の先には、グルグル巻きになったギーツがいる。 もはや抵抗する気力もないのかぐったりとしたまま、時折「オレは悪くない」とつぶやいている。 サーシャはただ、神に祈るように両手を合わせた。 「僕はトゥール=ガヴァディール。アリアハンから来た勇者で、ギーツの幼馴染です。」 「ベルナルドだ。…望みはなんだ。」 簡潔にそう問いかけてきたのは、劇場であった壮年の男性だった。 「ギーツを殺さないで下さい。…お願いします。」 トゥールは頭を下げた。ベルナルドはおそらくこの 反乱の首謀者なのだろう。トゥールの様子をじろじろと見ながら尋ねる。 「お前は勇者と聞いた。なぜあのギーツの為に頭を下げる?あいつはこの町を腐らせた。自らの欲望の為に 町の人間を家畜のように扱い、税で私腹を肥やした。我等がそれにどんなに苦しんだかわかるか?」 「わかります、とは言えません。僕はこの町に住んでいたわけじゃありませんから。でも、ギーツの家を見て 想像する事はできました。」 馬鹿正直に答えるトゥールに、ベルナルドは不思議そうに聞く。 「ならば何故、ギーツを許せと言うのだ。知りあいだからか。お前が知り合いだという理由で、俺達にギーツを許せと いうのか?」 「違います。…皆さんはこの町が好きなんですよね。」 トゥールの言葉に、前にいる皆が頷いた。 「そうだ、俺達はこの町が好きだ。」 「歴史がないが、皆で作り上げた町だ。俺達が歴史を作っていくんだ。」 「だからこそ、暗君ギーツを許しておくわけにはいかないんだ!!」 そう声を上げて武器をかざす町の人々に、トゥールは声高く呼びかける。 「だからこそ、この町の歴史を血でぬらすようなことをしないで下さい。」 その言葉を聞いたとたん、燃え上がった人々の闘志に水を注いだ。 「この町の歴史の最初が血で始まれば、必ずその後も血塗られる、僕はそんな気がするんです。皆さんが この町を愛しているなら、どうかギーツの血でこの町を汚すようなことはやめてください。皆さんの 手を血で穢すのはやめてください。」 静まり返る町。トゥールはつい先日のことを思いだしながら語りかける。 「皆さんの手は、この町を作るための手です。人を切るための手じゃないはずです。僕は皆さんに そんなことをして欲しくないんです。」 ”勇者の手は、人を仇なすモンスターと魔族を切る手よ。人を切る手じゃないと思うわ。” サーシャの言葉は、いつも自分に考えるしるべをくれる。トゥールは微笑んだ。
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