一瞬静まり返った町に、劇場であった気の短そうな若者が叫んだ。
「そんな上手い事言ってギーツを許せって言うんだろ!?こいつはギーツの仲間なんだ、乗せられるかよ!!」
 その声は最初に取り押さえろと言った声と同じだったことに気が付く。トゥールはまっすぐにその若者の目を見た。
「僕は許せとは言えない。この町の住人じゃないから。ギーツは貴方たちを苦しめた。それは事実だから罪は 償わないといけないと思う。けどそれを命であがなう形じゃなくてもいいはずなんだ。」
「どうしてだ!どうして命で責任をとらせるのがいけないんだ!!」
 まるで恐怖を感じるように、その若者が叫んだ。トゥールは噛み砕くように、ゆっくりと口にする。
「ギーツはこの町を苦しめたかもしれません。ですが、この町を作り上げ、大きくし、今や たった一人で実りをもたらしたのもギーツのはずなんです。たった一人で、誰からもただ崇められ るだけの孤独の中で、ギーツは大勢の命を守ろうとしてきたはずなんです。」
「うるさい!!お前には関係ないだろう?!!」
 そう叫んで、剣を持ち出した。振り上げた剣は、こちらに当たらない脅しだとトゥールには分かった。 だが、あえてトゥールは懐に飛び込み、そのまま手首をつかみ、ひねる。剣が軽い音を立てて落ちた。
「そうでなくても、ギーツには確かに功もあるはずなんです。今の興奮した皆さんでなく、落ち着いたいつもどおりの 皆さんに、ギーツを裁いて欲しい。僕はそう思います。」
 トゥールはそう言って、若者を解放するが、その場から離れず、恨みがましげにこちらを見た。


 静まり返った町。そしてそれより静かな声で、ベルナルドが口を開いた。
「もし拒否すればどうするつもりだ。」
「僕も拒否します。ここは通しません。それでもどうしても、皆さんで押し通るというのなら…僕も剣を 抜かざるを得ないでしょう。」
 目の前にいる少年は、ベルナルドにはただの少年に見える。まだ幼い。だが、勇者と名乗ったその少年が、武器を使わずに 三人の男を意図も簡単に退治したのは事実だった。
 その目は強く、射抜くようにこちらを見ている。その目に押されてしまいそうなほど、本当に強く、そして澄んだ目をしていた。
「…何故そこまでする。」
「僕にも責任があると思うからです。長老さんに頼まれてギーツを連れてきたのは、他でもない僕だからです。」
 町がざわついた。それを静めるように手を上げ、ベルナルドは口にする。
「例えそうだとしても、我々が争う事はお互いに良いことをもたらさないはずだ。それでも、君はそこを退く気はないのか?」
「…はい。貴方達はギーツにこの町の全てを任せきりにしていた。好意か、それとも自分に利益をもたらしてくれるようかは 知りませんが、ただ褒めて崇めることしかしなかったはずです。苦言をもたらしてくれる人がいなければ、誰だって 自分が凄い人間だと誤解してゆがんでしまうのは当たり前のはずですから。」
「それでも、ギーツは我々を苦しめた。税金の問題だけではない。突然家を移れと言われた者や、職を首にされ路頭に 迷ったものもいる。」
 トゥールは頷いて、それでもなお、説得しようと口を開いた。
「今、ギーツはこの町を一人で支えているはずです。貿易も、土地計画も、防衛も全て。 ギーツにしか分からないことも沢山あるはずです。 ギーツがいなくなれば、皆さんは分からなくなってしまいます。また一から組み立てるには時間がかかるはず。 その間の混乱は皆さんに良いことをもたらすとは思えません。」
「では、我々がギーツを殺さず、人道的な罰を与えると約束すれば、君はギーツを渡してくれるのか?」
「はい、約束します。ここからどいて、ギーツを貴方たちに渡します。」
「逆に我々がどうしてもギーツを討たねばいけないと主張すれば?」
「僕はそうは思いません。皆さんがささやかな営みを守りたいと言うのなら。もしギーツの命を求め、幸せになれる人が いるというのなら…、悪君ギーツを討ち、この町の英雄になりたいと願う者だけでしょう。」
 トゥールの言葉に、ベルナルドは笑い出した。

 突然笑い出したベルナルドに町の皆も、トゥールもぽかんとする。
「ベルナルドさん、どうかしましたか…?」
 声をかけたのは、劇場で会った気の弱そうな男だった。
「いやいや、トゥール殿の言うとおりだな。ギーツを殺しても何にもならんどころか、悪化するだけのようだ。 ギーツを討つのはやめよう。」
「ベルナルドさん!!」
 先ほどトゥールに手をひねられた若者が焦ったように叫んだ。
「なんだね?」
「その…それでは我々の…。」
 ぼそぼそと小さくなる若者に、ベルナルドはじろりと目を向ける。
「我々は、だたささやかな幸せと営みをつかむために立ち上がったのだろう?それとも君は英雄になりたかったのか?」
 若者は口をつぐむ。おそらく英雄を夢見ていたのだろうとトゥールは思った。
「我々は町の英雄など望んでいない。それは…血の歴史からこの町を守った勇者トゥール殿におまかせしよう。」
 ベルナルドが茶目っ気たっぷりにそう言った時、扉が開いた。

「本当だろうな?俺達がギーツを渡したとたん、皆で襲いかかって来るつもりじゃないだろうな?」
「セイ!!」
 セイはトゥールを庇うようにして立った。その横にはサーシャとリュシアもいる。
 セイの腕には、ギーツが縄で縛られて疲れきっている。
(なんで縛られてるんだろう…?)
 扉の向こう側で起こったドラマを想像して、ギーツへ少しの同情をした。
「本当だ。ギーツは町の牢屋に捕らえ、町の機能を他に分担した後、功罪を加味して文化的な処分を下そう。…皆! 賛同するのならば、武器を地面に置け!!」
 そういうとベルナルドは手にしていた剣を地面に置いた。それに従って、最初はぽろぽろと、そしてそれに続くように 人々は武器を地面に置いた。
「町の皆の信頼と、町の英雄トゥールに誓おう。」
 ベルナルドの言葉に、セイはにやりと笑った。
「…良い答えだな。そらよ!」
 セイが放り投げるようにギーツを突き出すと、ギーツは足をもつれさせてこけた。
 ざわめいた町の物を制し、ベルナルドとその周りの者は、ギーツの縄をつかんで立たせた。
「…ギーツ、おとなしく牢に入るんだ。」
 ギーツは何も言わず、ただ顔をそらす。その先には…心配そうにギーツを見る、サーシャの姿があった。
 すがるような、ギーツの目。サーシャはそこから目をそらさなかった。頷きも、首を振る事もなく、 ただギーツを見続けた。
 それに耐えかねたのか、ギーツはうつむき、ぶつぶつと恨み言を漏らしはじめた。
 人々の視線が見守る中、ギーツは牢屋へと引きずられて行った。


 
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