船乗りの骨は、掲げて念ずるとその方向を指し示すと言う、役に立つのか立たないのか良く分からないものだった。 「まぁ、何の目標もなく世界中の海をうろうろすることに比べたらずいぶんましだよ。」 トゥールがなだめはしたものの、遭遇するまで暇であることには変わりない。 (…あっついな…) 暇なので部屋で昼寝をしていたが、あまりの暑さにセイは目を覚ました。置いてあった水筒の水を飲んでみるも、 当然生ぬるくて飲めたものではない。 (…サーシャがリュシア探すか…。) 氷で体を冷やし、頭をしゃきっとさせたいところだった。 扉を開けて甲板に出ると、昼の太陽がセイの目を焼く。雲ひとつない晴天だった。 (まぁ、嵐が来るよりましか…。) ぽつり。 セイの頬に水滴が落ちた。 (…雲なんてあったか?) 反射的に見上げると、どこにも雲はなく。けれど、見張り台に黒い人影を発見して、セイは頭を掻いた。 ぎしぎしと柱が揺れるのを感じて、リュシアは涙をぬぐった。 「よぉ。」 登ってきたセイがそう言って片手を挙げる。 「…どうしたの?」 リュシアの言葉に、セイは強引に隣に座りながら言う。 「ん?雨が降ってきたみたいだからな。ちょっと見に来た。」 「雨?」 見上げてみても、雨雲一つ見当たらない。セイを見返すと、セイはそっと自身の頬に指を当てた。 「ここに、雨粒がな。でまぁ、雨の原因はなんだろうなと。またトゥールに言われたか?」 リュシアは首を振る。 「…ありがとう。でもいいの。これ、泣いていいのだから、いいの。流していい涙なの。」 「…そうなのか。」 よく分からないまま頷いたセイに、リュシアも頷く。 「…ようやく、分かったから。」 「何がだ?」 「リュシアが、何が悪かったのか。どうして、サーシャだったのか。ちゃんと、理解できたから。…ちゃんと、 諦められる。…だから、泣いていいの。」 ”自分が凄い人間だと思って、相手を見下したくなる気持ちは良く分かる。” トゥールは、どうしてそんなことが分かるんだろう。 ”たった一人で、誰からもただ崇められ るだけの孤独の中で、ギーツは大勢の命を守ろうとしてきたはずなんです。” トゥールの言葉が、なぜか胸に突き刺さった。 トゥールも、『孤独』だったのだろうか。 誰もが勇者を肯定するアリアハンの町で、世界中の命を一人に背負わされ、皆トゥールを褒め称えるあの場所が、 孤独、だったのだろうか。 リュシアの心に、エリューシアがいたように、トゥールの心にもずっと『何か』がいたのだろうか。…それは とても、苦しいことで。 「…トゥールも、辛かったの?」 「ん?」 突然そう尋ねたリュシアに、トゥールは不思議そうに聞き返した。 「トゥールも、ギーツと同じに、辛かったの?」 「ああ、なるほど。そんなことないよ。幸い僕には、すぐ傍で苦言をくれた人がいてくれたからね。」 そうにっこり笑って言ったトゥールの言葉で、リュシアはようやく、心から分かった。 トゥールはなぜ、サーシャが好きなのか。どうしてリュシアじゃ駄目だったのか。 「…やっと、心から納得できて…哀しいけど、わたし、ホッとしてるから。」 寂しそうな顔でそう言ったリュシアに、セイは少し考えて、携えていた水筒を開け、コップに水を注いだ。 「リュシア、これに氷作ってくれねーか?」 リュシアは不思議そうにしながらも、少し寂しい旋律を唱え、コップに小さな氷を作った。 「ありがとうな。」 少しコップを傾けると、冷たくなった水は喉を通り、胃の中に入る。そしてセイは、水筒に入っていた 残りの水を、リュシアの頭の上からぶちまけた。 「セイ????」 「雨、やむといいな。きっと、雨がやむ頃には、幽霊船も見つかってるだろうしな。」 「…うん。」 髪の隙間からしたたり落ちる雨粒と一緒に、リュシアはそっと泣き出した。 「まぁ、ゆっくり雨を見て、雨がやんだら飯食ったりとか、明るい事考えるといいかもな。…そうだな、 この旅が終わったら何がしたいか、とかな…。」 冷たい水を飲みながら、そんな『独り言』をつぶやくセイの横で、リュシアは雨を降らし続けた。 今日はいい天気だ。やがて濡れた服も乾くだろう。
|