どっぷりと日が暮れて。夜では幽霊船を探すのも難しいため、いったん船を止めることにした。 女二人はなぜか早めに休んでしまった。どうやら胃がもたれたらしい。セイはいい酒 があるとトゥールを誘った。 「…僕達だけでいいのかな?」 「お前、リュシアと酒飲みたいのか?…スケベ。」 「スケッ!違うよ!!」 真っ赤になるトゥールを見て、セイは信じがたいと言わんばかりの声音で尋ねる。 「…じゃあ、サーシャと飲みたいのか?」 「…………二人で飲もうか。」 ふぅ、とため息をついた。サーシャはさして酒癖が悪い、というわけではないのだが、支離滅裂なことを言ってすぐ つぶれてしまうのだ。 注がれた琥珀色の液体が、淡いランプに輝く。 「…骨が揺れるんだよね。だから幽霊船が近いんだと思う。」 「まぁ、船だから動いてるだろうしな。でも、今までほぼ一点を指してた以上、同地域をうろうろしてるんだろう。」 セイの言葉に、トゥールは広げていた地図の一点を指す。 「うん、多分ここ…イシスとロマリアの間だと思う。このあたりをうろうろしてるんじゃないかな。」 「妥当だろうな。んじゃ、明日には幽霊船か…。」 セイは少し顔をしかめた。 「セイって幽霊だめだっけ?」 「別に駄目じゃねーけどよ。あんまり好きでもないが。」 「…僕はサーシャが心配だけどね。無茶しなけりゃいいけど。」 少し嬉しそうに、少し困ったようにトゥールは笑う。少し酔ってきたようだった。 「無茶か?」 「どれだけの幽霊がいるか分からないけど、多分全員救いたいって言うんじゃないかな?」 「そりゃ確かに無茶だ。幽霊船って言うくらいだから尋常じゃないんだろうしな。」 「まぁ、できることならしてあげたいけど、…幽霊船の先に、進む道があるからね。あんまり寄り道したくないな。」 トゥールはグラスを傾ける。 「散々寄り道してたんじゃねぇかよ。」 「…まぁね、でも、ほら父さんが行った場所らしいし。…落ちて死んだって聞かされてたし。」 「早く見たいのか?」 セイの言葉に、トゥールは言葉を詰まらせ、ごまかすように笑った。 「僕は…分からないな。死んだって実感がないんだ。サーシャがずっと生きてるって言ってたし、母さんも信じてる みたいだったし。」 「…サーシャね…。なぁ、トゥール、なんだってそんなにサーシャがいいんだ?」 トゥールは酔ってくると口が軽くなる。セイは頃合を見計らって口にした。 「…前にも聞かなかった?それ?」 「聞いたけどよ。サーシャ、お前に口悪いだろ?なんでそれがいいのか、俺にはさっぱり理解できないからな。」 ”でもさ、こんな僕を皆が勇者だっておだてるんだよね。そんな時さ、 ひねくれたくもなるし、調子に乗りたくなるし、落ち込んだりもするし。 なんかそう言う時にサーシャが言ってくれるとさ、我に帰るんだよね。 うん、それだけじゃないけど、そう言うところかな。” かつて、トゥールが言っていた言葉。それは、リュシアが語っていたことと、通じている気がする。だが、 やはりどこか納得がいかないのだ。 「やっぱり良い事言ってもらったほうが良いと思うんだがな。」 「…バランスが大事なんだよ。僕も、もしかしたらギーツのようになっていたかもしれないって。アリアハンじゃ勇者は それだけで偉い人だからね。そして、絶対的なものだから。…最後の儀式は自分で受けるか選べるけど、実際アリアハンにいる以上、 きっと逃げられない。周りに言われるままに流されてたと思う。ギーツのようにね。」 ああ、そういえばあの町でそんなことを言っていたような気がすると、セイは思う。 「何もしてないのに褒められて、凄いってたたえられて、調子に乗って、…周りの人間を 見下して…きっとサーシャがいなかったら、僕は偉そうに誰かに命令して、でも『皆が言うから勇者にならなきゃいけなかったんだ』 なんて、人のせいにして生きてなくちゃいけなかったと思う。」 「で、サーシャが止めてくれたって言うのか?」 「…僕はまだ何もしてないのに、毎日のように褒められて…なんだかむなしくなってた時とか、 早く旅立ちたいっていらいらしてた時とか、『まだまだ未熟だ』って言ってもらえて自分を見直すことができたから。 父さんみたいになれ、って言われて複雑な気分になった時も、サーシャが否定してくれた。 そりゃ、初めからそんな風に受け止められたわけじゃないよ。 サーシャの言葉に悔しかったこともあった。でもだからこそ、僕は本当に自分が勇者になりたいか、 ちゃんと考えることができたんだ。」 「そんなもんかね。結局サーシャはお前が怖いから言ってたんだろう?」 セイの言葉に、トゥールはむしろ堂々と答える。 「サーシャは僕のために言ってくれてたのか、それは分からない。でもそんなこと関係ない。僕は確かにサーシャの言葉に 救われた。必要な時に必要な言葉をくれた。」 その言葉は、セイにも分かる気がした。欲しい言葉をもらえること。それは自分の人生を変えるほどの衝撃だったから。 「それにさ、…僕が怖いなら僕から逃げればよかった。皆が僕を立派な勇者って言う中で 一人、逆な言葉を言うのって、凄く勇気がいることだと思うんだ。それに結局なんだかんだ言っても サーシャは僕についてきてくれてる。…だから、僕はサーシャが僕を思いやってくれたんだと思ってるよ。」 完全に酒に酔い、幸せそうにトゥールはそう言った。その笑顔がどこか憎らしくて、セイは腹いせにからかうことにした。 「そんなに好きなら、なんだってとっとと物にしないんだ?言っちまえばいいのに。」 トゥールの顔が、凍った。 「…どうしたよ?」 「…いや、だって、さぁ、怖がってるのに告白しても、さ、振られるだけだし。」 「わからないぜ?意外と照れ隠しかもな。俺とか他の男に取られてもしらないぞ?上手くいきゃ旅してる間いちゃつけるかもな。」 もう一度からかうつもりで言ったセイだが、トゥールの意外な表情に面食らうことになった。 「…嫌だな。」 ものすごく嫌そうに顔をしかめるトゥール。あまりにも予測不能な行動に、セイの頭から酒が抜けた。 「嫌なのか?!なんでだ?」 「なんでって、僕は勇者なんだから…。」 「勇者とは関係なくないか?」 「でも、サーシャは仲間だし、今は旅の最中だし、色恋沙汰を持ち込むのは良くないというか…。」 その言葉に、セイの表情は険しくなる。 「お前、リュシアにも同じこと言ったのか?」 「言ってないよ!いや、別になんていうのかな、僕じゃなきゃかまわないんだけど、だから リュシアとか皆が恋愛しててもかまわないんだけど、でも僕は勇者なんだから勇者として生きないと…。 …やだな凄く、言いたくないよ。」 どこかろれつが回ってない口調が、トゥールの頭に酔いが回っていることを示す。そして、それでもなお、 いつでもまっすぐなトゥールが『言いたくない』と言わせる何かだということに、セイは驚いた。 「…いや、悪い。別に言いたくないことを言わせるつもりじゃなかったんだが。」 「…あ、でも、考えてみたらたいした事ないのかな。…ただ口に出すと、爆発しそうかなとか。意外と 口に出すとたいしたことないのかな。」 小さくぶつぶつとトゥールはつぶやく。どうやら半分夢に世界にいるらしい。そして。 「…父さんは、さ。多分、アリアハンにはただ勇者になるためにちょっと寄っただけだと思うんだよ。」 唐突にそんなことを言い出した。 まるで、嵐の前兆の雨のように、トゥールの言葉は優しく、そして激しくなっていく。 「勇者になれば、ルビス様からの加護で強くなれるらしいし、呪文も多く使えるようになるから。…でも 父さんは母さんと結婚して…僕を作って。…そうやって家庭を作ったのに、結局出て行ったんだ。…勇者に なって、戦うつもりなら、父さんは母さんと結婚するべきじゃなかったって思う…。」 「…父親のこと、恨んでるのか?」 「…分からないんだ。父さんは立派だと思う。 でも、さ。父さんは僕が勇者だと知って、旅立った。…きっともし、死んでも僕がいるから 大丈夫だって思って出て行った。死ぬつもりなら、最初から残される者を作るべきじゃなかった。サーシャも 言ってた。…母さんはきっと僕のいないところで泣いてたんだ…。」 その言葉は、どこか悲痛で。そして幼い頃、『自分から遠く離れた本当の父親』を思う気持ちに似ていて。 初めて聞いたトゥールの『裏』の部分。セイはただ、その言葉を聞いていた。 「父さんは、勇敢で強くて、優しくて、本当に凄い人だ。…でも、 皆、町の皆は父さんみたいな勇者になれって言うけれど、勇者なのに父親になって、でも勇者も捨てきれずにどっちつかずで 旅立った父さんみたいになることが、本当にいいことなのか、僕には分からない。…父さんが死んだのもきっとそのせいだ。」 「…そう、なのか?」 こんな風に、ひねくれて想う気持ちは、表に出したくなくて。ずっと閉まっていた。偉大な父。尊敬する父。その言葉に も嘘はないけれど。 「…サーシャには言えないけど。サーシャのお母さんが一緒に旅に出ていれば、多分火山に落ちるなんてそんなことなかったと 思う。…父さんがサーシャのお母さんを置いて一人で旅立ったのは、多分父さんが家族があったかいことを知ってたんだと 思う。…だから、まだ幼いサーシャとサーシャのお母さんを引き離せなかったんだと思う。旅に出たいって言う 自分のわがままにつき合わせたく、なかったんだと思う。…馬鹿だよね、父さんは。勇者として旅に出るなら、 そんな、父親とかそんな立場、忘れなきゃいけないのに…。」 最後はほとんど寝言のように言うと、そのまま机にうっぷして寝始めた。気がつくと二人でボトル一本空けていたのだった。 ようやく分かった気がした。 無条件に「勇者」トゥールを信用するリュシア。 父のようになれともてはやすアリアハンの住人。 そんな中で生まれ育ったトゥールは、父とは違うと自分を否定するサーシャに救いを求めたのだ。 父のようにならないようにと。 「…まぁ、置いていかれた子供に、恨む権利はあると思うぞ。」 苦悶するような表情で眠るトゥールを見て、セイはそっとつぶやいた。 トゥールの「裏」。普通の少年のトゥールにも当然恨む心はありますよという話と、リュシアの晴れていく心ですね。 トゥールがギーツが嫌いじゃなかったのは、サーシャと同じく自分に否定的だったから、というところが大きいです。 逆に、皆ギーツみたいなのばかりだったなら、トゥールは多分リュシアに惚れていたのでしょう。リュシアに 感謝してる部分も多いのですが。 トゥールのオルデガさんへの思いはこれからも引っ張る予定です。 |
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