サーシャは剣を力いっぱい振り下ろす。 「や!!」 不恰好につけられた翼が切り取られ、ライオンヘッドの速度が格段に下がる。 だが、その光る剣の切っ先を目印に、魔物は鋭い牙をむいて飛び掛ってきた。 サーシャの喉元を噛み砕かんと、その上に覆いかぶさるように襲い掛かるライオンヘッドに、 サーシャは急いで剣を向けるが、どうやらそれは間に合いそうになかった。 押し倒され、鋭い爪が肩へと突き刺さる。そして、すぐに引き剥がされた。 「大丈夫か?!」 セイが横からライオンヘッドを蹴飛ばしたのだった。はげた肩の肉を癒すために、サーシャは両肩に手を当て 回復呪文を唱えることでそれに応えた。 「おいおい、俺に無断でサーシャを押し倒すなんざ、どういう了見だ?!」 セイは構えながらわざとそう言って笑って見せるが、厳しい状況だった。旋律が響く 方向へ、一瞬目を向ける。なんとかトゥールたちが敵を倒し終わり、こちらを助けに来てくれるまでねばるしかなかった。 トゥールは高く飛び、頭上からその頭蓋骨の隙間を狙う。 「や!」 六本の腕を持つモンスター。旅に出た頃は想像もつかなかった相手だが、今となってはすっかり手馴れた相手だった。 六本もある腕と組み合うのは愚の骨頂。つまり組み合わなければ良いのだ。 硬い音がして、剣はわずかな部分をこそげとった。六つの腕がトゥールを狙うが、トゥールはそれをしゃがんで避け、 バランスを崩させるために蹴りを入れる。この敵の弱点は重心が上にあることだということも知っていた。 四本の腕を支えに起き上がろうとする地獄のきし。その無防備になった残りの二本のうち片方を、トゥールは力を込めて 切りつける。軽い音を立てて地面に転がる骨。怒ったモンスターが反撃する前に、トゥールはその場所から反転して 逃げ出した。そして。 「ヒャダイン!!!」 美しい旋律の後、凛とした呪文をリュシアは叫ぶ。目の前が真っ白になるような膨大な冷気がその場を支配し、 モンスターを飲み込んだ。 凍りついた骨に止めを刺すべく、トゥールはその腰骨めがけて剣を薙いだ。 旋律が終わったのを合図に、セイはサーシャの元へと走る。そして、圧倒的な白が視界を飲み込む。それに合わせて。 「バギマ!!」 まだ肩で息をしているサーシャが、凍りついたライオンヘッドに呪文を放ち、足を切り取った。 その横からセイが疾風のように走り、なんとか氷をはがそうとしているモンスターの胴に深々と爪を食い込ませた。 「大丈夫?」 トゥールたちがこちらに駆けてくる。セイはなんとか手を振った。 「ああ、なんとかな。そっちはどうだ?」 「こっちは余裕。でもやっぱりそっちのほうが手ごわそうだったし。」 「俺は平気だ。サーシャは…。」 サーシャは相変わらずその場に座り込んでいる。トゥールはその傍へ駆け寄った。 「…平気。…途中で、中断したから、ちょっと…肉が、引きつってるだけ。…駄目ね、長くなりそうだから、魔力を、節約 しようと、思ったら…」 いつもの調子で話そうとして、息絶え絶えになっているサーシャに、トゥールは優しく語り掛ける。 「大丈夫?僕が回復かけようか?あんまり魔力使わないし。」 トゥールのその言葉に、サーシャは目で応える。それを見て、トゥールは触れないようにそっと近づくと、 慣れない回復呪文を唱え始めた。 「…悪かったな、サーシャ。無茶させて。」 サーシャは無言で首を振る。まだ辛いらしい。 「…ごめんなさい、リュシアが遅かったから…。」 最初は単体呪文にしようと思ったのを切り替えたために、いつもより時間がかかってしまったのだ。 「いや、本気で助かった。呪文がこっちに来なかったらやばかった。」 「…怪我ない?」 「ないぜ。…悪いがこの先お前が主戦力になりそうだ。魔力なくなりそうなら、少ないが俺とかから 取っていけよ。」 怪我がないといいながら、体のあちこちにはわずかな傷がある。…自分はまったくの無傷なのに。もし それを言えば、体力と戦い方が違うのだから当然だ、と言われてしまうだろうと分かっていたので、リュシアは 黙っていた。 「…セイがいて良かった。」 「あん?なんだいきなり?」 「セイがいてくれて良かった。」 リュシアはにっこりと笑った。そしてそのままトゥール達の元へと駆け寄っていった。 「…いったいなんなんだよ…。」 こんな時なのにな、と思いながらセイは少し頬を赤くした。
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