「で、何してるんだ、お前。」
 忠告を無視して酒場に行こうとしたセイは、その途中ばったりとトゥールに出くわした。
「セイこそ。」
「俺は酒場に行くんだよ。その墓とやらに近づかなきゃいい話だしな。お前も酒飲むのか?」
「そういえば飲んだことないな。アリアハンじゃ16にならないと飲んだら駄目だし、16になってからすぐ 旅に出たしね。」
 今までは町についたら出かける体力の余裕もなかった。こうして外に出られるのも、旅慣れてきた証拠だろうか。
「…で、じゃあどこに行くんだ?」
「幽霊が出るって言うから。」
 予想していた答えに、セイは頭痛がした。
「…何のために…?」
「うーん、困ってるみたいだし。何かできるか分からないけど、とりあえず見てみようかなーって。」
「お前…藪をつついて蛇を出すって言葉知ってるか?」
「知らないけど、どういう意味?」
「…いや、もういい。頑張れ。」
 投げやりにそう言って、手を振る。そのまま無視して酒場に向かおうと決めたその時だった。
「あら、意外ね。セイも一緒なの?」
 セイの背中に、聞き覚えのある声がかかった。振り向くと、月夜に照らされて深海のような髪をなびかせた サーシャと、その腕をしっかりとにぎりしめて、おずおずと立っているリュシアがいた。

「何やってるんだ、お前らは…」
「こっちのセリフよ。トゥールなら間違いなく出てくるだろうと思っていたけど、セイもだなんて。」
「セイいた。びっくりした。」
 リュシアは怯えるように、サーシャの腕にすがりついている。
「リュシア大丈夫?暗いの怖いんだよね?」
「…みんなと一緒なら平気。リュシアは一緒にいたい。」
 少し震えていたその肩を、サーシャはそっとたたいた。
「大丈夫よ、リュシア。迷える幽霊を空に導くのも、神に仕える僧侶の役目だもの。さあ、お墓に行きましょう。教会の 近くにあるって、宿の人が言っていたわ。」
 その優しい口調にほっとしたのか、リュシアは花のような笑顔を見せた。
 自分は良く美しいとほめられる。それを否定するつもりはない。
 けれど、この可愛いリュシアの素直な性格と表情には、多分敵わないんじゃないだろうか。そんなことを 考えながら、サーシャは墓場に向かって歩き始めた。

 三人の後姿を見ながら、月光に光る銀の髪を掻くセイ。
「…ほっといて酒場に行ってもいいんだけどな…」
 次の朝、三人に非難されるのは一向にかまわないのだが、下手をすると何かあったと村中大騒ぎになる可能性もある。 セイはこの旅のため息の多さに絶望しながら後を追った。


 まだ宵の口だというのに、村に人通りはまったくなかった。酒場からかすかなざわめきが 聞こえるのは、明るいうちから朝まで飲み明かす村人がいるからだろうか。
 そんな中、ほのかな明かりがついた教会の横。 そこは低い木の柵で囲われた墓場だった。 たしかにその中でちらちらと動く白い光が確かに見えた。
「人…?」
 トゥールの言葉に、サーシャは冷たい視線を投げた。
「馬鹿トゥール。これだけ人がいない夜に墓参りする人間がいるわけないでしょう?」
「幽霊のふりした墓荒らしって可能性もあるが。」
 軽く言ったセイの言葉に、緊張が走る。
「もしかして、その、カンダタの仲間とか…?」
「天下のカンダタ一味がこんなしょぼい村で墓荒らしなんかするか。」
 トゥールの言葉にばっさり切り捨てるセイ。トゥールは深呼吸して柵を乗り越える。
 その向こう側にはふわふわと浮かぶ人型の灯り。その様子は明らかに人ではなかった。
「げ、本当に幽霊なのかよ。」
 サーシャが枠を越え、その人魂の側に歩み、手を伸ばす。
「迷える遠き方よ。ゆくべき場所へ行かず、過去へと囚われている方。どうか聞かせてください。 なぜ、貴方はここにいらっしゃるのですか?」
 その清らかな声と姿は、聖女と呼ばれるにふさわしい美しさだった。トゥールは剣の柄にてを添えながら、 そんなサーシャの側へと駆けよった。
「…おお、わしの言葉を聞いてくれるのか。」
「もちろんです。私は神に仕える身。神の教えを受け取る身。貴方を 苦しみから解放することも私の喜びです。」
 サーシャの言葉に答えるように、人魂が鮮明に生前の形を映し出した。確かにその姿は、鍛えられた 肉体を持った老人だった。

「…貴方は有名な武闘家とお聞きしました。何か悔いがあるんですか?」
 老人に敵意がないと悟ったトゥールが、そう話しかける。
「…罪がある。どうしても言えなかった事が…。今際の時の懺悔ですら、神にお伝えできんかった… 。だが、娘さん。今あんたが女神に見えたよ。なんでも許してくれそうな女神にな… 聞いてくれるか?あんたに許されるなら、わしは空にあがれそうな気がする。」
「もちろんです。死してなお、囚われる罪などありません。どうか私にお話ください。 私が神の名において、その罪を許しましょう。」
 にっこりと笑いかけるサーシャは、まさに大地の女神ルビスが使わせた天使。それに促されるように、 老人はサーシャの前に跪き、両手を組んだ。
「…わしは、素手で熊を倒したと言われている。…だが、それは違った。わしは鉄の 爪を装備しておった。…本当は何度も訂正しようとした。だが言えぬ。褒め称える 村人にがっかりさせたくなかった。…だが、その賞賛は偽りだった…だが、本当に そうじゃったのだろうか?わしはただ、いい気分になっとっただけなんじゃ… 嘘の賞賛を受け取ることに、喜びを感じておっただけなんじゃよ…」
 老人の懺悔が聞き終わると、サーシャは神に仕える者の清らかな微笑で老人を見た。
  「貴方の懺悔は今、空に溶け、大地に溶けました。許しの神、守りの神、そして 全ての神をつかさどる精霊神ルビスの名をもって、村人の誇りを守り、自ら罪を 受け取った清らかなる方の罪を許します。どうか自らの罪を許し、あるべき場所へと向かってください…」
 その言葉と共に目の前の老人が人魂の姿へと戻る。地面に鈍い光を映し、それがゆっくりと空へあがる。村をぐるりと一周して… 星空へと消えて行くのを、四人は眺めていた。


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