ラーミアは眠らないのか、どこかリラックスしたように時折体を揺らしながら休んでいた。 トゥールとサーシャはその傍に座り、しばらく無言でいた。 「…神様がさ。」 トゥールが独り言のようにぽつりと口にする。 「どれくらい生きてるのか分からないけど、多分、僕たちよりずっと生きてるはず。…だから、きっと、ルビス様が 留守にしてたのも、10年や…20年やそれくらいの時間じゃ、ないと思うんだ。」 「…そう、ね。私もそう思う。」 「でも、僕は確かに勇者の儀式を終えて、そんな気配を感じてた。それは、気のせいなんかじゃないと 思う。…ただ…それがルビス様かどうかは、わからないんだけど。」 トゥールは困ったように言った。それは、サーシャがずっと感じていたことと、同じだった。 母が感じた神の言葉。それは確かに神だったのか。そうだったとしても、それは本当にルビス様なのか。 「…でもトゥールは、ここまでやってきたもの。」 サーシャの口から、驚くような言葉が出てきた。 「ノアニールを目覚めさせたのも、グプタさん達を助けたのも、ジパングを救ったのも、サマンオサを救ったのも、 全部トゥールだもの。勇者かどうかなんてきっと関係ないわよ。」 意外なサーシャの言葉にトゥールが目を丸くする。そして微笑んだ。 「うん、ありがとう。」 「…大体トゥールが勇者として未熟なんて最初から分かってた事だものね。私達は気にしないわよ。」 サーシャが少し照れたように言うのを、トゥールは笑って、それから真顔になった。 「でもいいの?僕はともかく、もしかしたら父さんもそうかもしれないよ。」 「……オルデガ様だって、たとえルビス様に認められてなくても立派な勇者よ。」 サーシャはおそらく自分の発言に気づいていない。それを指摘したらおそらくむきになって否定するだろうから トゥールは黙っておくことにする。 (オルデガ様『だって』か。) なんだか、もう、ルビスの祝福とかそんなことどうでも良くなってしまった。悩んでいたのが嘘のようだった。 踊りだしそうなほど嬉しい。それを隠すために立ち上がる。 「うん、サーシャもそれでいいと思うよ。」 「それでって?」 「未熟な僕について来てくれて、怖いのにこうやって手を貸してくれて、一生懸命頑張ってくれてる。竜の女王様の ためにやりたくないようなことを頑張ろうとしてる、そんなサーシャでいいんじゃないかなって。たぶん、竜の女王様も 『誰か』を無理やり出してくることを望んでるわけじゃないと思う。そんなサーシャが応援してくれてるだけで嬉しいと思うよ。」 「…そう、かしら…」 少し悩みながらも、嬉しそうにはにかんだサーシャの表情は、飾っておきたいと思うくらいかわいらしかった。 星月の動きを見ていると、それほど時間が経ったわけではなさそうだった。 「それで、どうする?僕に協力できるなら頑張るけど。一度アストロンで鉄になって抱きついてみるとか。」 トゥールの提案にサーシャはしばし考え、少し頬を赤くして首を振った。その様子を想像すると ものすごく恥ずかしいことは確かだった。 「…とりあえずやめておくわ。…あんまり効果なさそうだし、最終手段ね。とりあえず、トゥールの言うとおりよ。 私でもできることがあるなら協力しようと思うの。こんなお城だし必要ないかもしれないけど、お産には人手がいるっていうし。」 むん、と力を込めて立ち上がり、城へと戻り始めるサーシャの隣にトゥールは並んだ。 「じゃあ、そこまで一緒に行くよ。僕も何か手伝えればいいんだけど。」 「ちょっと近寄りがたいかもね。私も人のお産は初めてなのよね。…神様と私達は何が違うのかしら。」 「…卵って言ってたし、何もかも違いそうだけどね。…でも、命を新しく生み出すって言うのはきっと一緒だと思うけど。」 「そうね、苦しんでいらしたみたいだし…。それがルビス様のお決めになったことだというのなら、こう願うのは 罰当たりかもしれないけれど…。」 サーシャはそう言って黙り込んだ。その先の言葉は口に出せなかったのだろう。だが、何が言いたかったかはすぐに分かった。 ちょうど、女王の部屋の前。扉の横に小さな黒い影があった。 「…リュシア?」 扉の横に座りこんでいるリュシアが、その声に顔をあげた。 「トゥールとサーシャ。どうしたの?」 「リュシアこそ。廊下に座って寒くない?大丈夫?」 「平気。」 にこっと笑うリュシアの顔色は悪くない。夜に一人で大丈夫かとも思ったが、廊下は煌々と明るく、そして扉の向こうから 女王のかすかな声が聞こえてくるため、一人と言う気がしないのかもしれない。 「どうしたのさ?こんなところで?」 「リュシア、何もできないから。お祈りしてたの。皆が幸せになりますようにって。じっとしてられなくて、 ここで。」 そう言ったリュシアを、サーシャは勢いよく抱きしめた。 「サーシャ?」 「リュシアは、本当に凄いわ。私、馬鹿みたい。」 そうだ。まず何もできないなら、祈ればよかったのだ。それが神を信じるかつて、僧侶だった自分の仕事だったのに。 できることはないかと思い上がって、ぐるぐると堂々巡りして大事なことを抜かしていた。 「…サーシャどうしたの?」 「ううん、私も何もできなくて。おんなじだったの。ねぇ、私も隣にいてもいい?」 サーシャの言葉に、リュシアは頷く。サーシャはリュシアから離れ、隣に座った。 リュシアは回りをきょろきょろ見渡す。 「…セイは?」 「あ、セイは『やっぱり女のうめき声は駄目だ』って言って部屋にこもってるよ。」 そういえば、なんとなく顔色が悪かったような気がする。かつて、泣き声だけで吐瀉したことに比べれば進歩 なのだろうが、やはりそう簡単に忘れられるものでもないだろう。 「…リュシア、見てくる。」 「それなら僕が行くよ。僕じゃ役に立てないだろうし。良かったら二人はここにいて。…でも風邪引かないように 気をつけてね。」 トゥールの言葉にリュシアは少し考えて頷いた。サーシャも頷いた。 「具合悪くて手がいりそうだったら呼んでね。」 「わかった。」 ぱたぱたとトゥールが去っていくのを二人で見送る。そしてそのまま二人は目を閉じて祈り始めた。 |
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