トゥールの声は、震えていたのだろうか。バラモスはむしろ楽しげにこちらに語りかけた。
「いかにも。この魔王バラモスにはむかおうとするなど、愚かなやつらよ。そなたらがこのわしに勝てると 本当に思うておるのか?」
 その声には確かに余裕があった。
「当たり前だ。僕は、お前を倒す!倒してこの世界を平和にするんだ!!」
 トゥールがバラモスをにらみつけ、そう叫んだとたん、空気が震えた。
 それがバラモスの笑い声だと認識するのにしばらくかかった。
「愚かだ、実に愚かだ。人の身の上で、この大魔王バラモス様を倒すと妄言を吐くなどとな。たとえそれがルビスに 守護された勇者であろうと、このわしには勝てぬ。どんな武具を取り出してもどんな神の道具を用いても、 そなたらは虫けらのように死んでいくだけ。まして人の仲間などなんの力にもならぬ。それがたとえ… かつて滅びた精霊の末裔でもな。」
 そのあざけりを含んだ言葉と共に、バラモスの蔑みの目線がリュシアに向いた。
「…なんの力もないなら、どうして殺したの。」
 その声は静かだった。リュシアが、据わった目でバラモスを見つめた。
「怖かったから襲ったくせに。認めないの。怖かったくせに、怖かったからお父さんとお母さんを!!」
 サーシャは叫ぶように怒鳴るリュシアの肩を優しく抱いた。今、激情にかられるのはまずい。だが、 その怒りはサーシャとて同じだった。
「…そうね、だからトゥールの名前も知っていたのよ。間違いないわ。」
 サーシャはリュシアに優しく声をかけると、強い目でバラモスを見た。
「ああ、それは正しいかもな。俺達がその危惧を本物に変えてやるよ。」
 セイはいつもどおり軽い口調でそう言って笑った。
 それがしゃくに障ったのだろうか。バラモスの空気が変わった。
「…身の程をわきまえぬ者達よ。ここへ来たことを悔やむがいい。二度とはむかう気など起きぬよう、そなたらの はらわたを食い尽くしてくれるわ!!!」
「こっちこそ、二度と僕達の世界に手出しなんてできないように、徹底的に倒してやるからな!!」
 トゥールが剣を抜き、バラモスへと叫んだ。


「スクルト!」
 サーシャの呪文が、戦いの始まりだった。四人の体に魔法の守護が付くのを感じる。
 シュ、と風を切る音がして、セイが声もなくバラモスの体に爪を入れる。その爪は背中を切った。
「よし!」
 …だが、見る間にその傷がふさがっていくのを見て、セイは落胆した。どうやら多少の傷は治ってしまうらしい。
 その横から、トゥールが切りかかった。剣をしっかりと握り締め、バラモスの腕を切り落とさんと剣を腕に叩きつける。 腕を切ることは叶わなかったが、その傷は深く、骨まで達した。だが、その傷も徐々に薄まっていく。
 リュシアがすっと前に出る。その目は驚くほど憎しみに満ちていて…かつて見た『エリューシア』を思い起こさせた。
「ベギラゴン!!!」
 丁寧に編まれた呪文によって、目の前を埋め尽くすほどの炎がバラモスを襲う。だが、バラモスはなんの毛ほども感じていない 様子でこちらを見た。
 バラモスの手に光が宿る。その光が放たれたとたん、空気が爆発し、体が吹き飛ばされた。
 体中のあちこちがきしみ、ところどころに切り傷ができるが、かまうことなく体勢を立て直す。
 セイが再び走る。今度はわき腹めがけて飛び上がり、内臓を揺さぶるように蹴りを入れた。
「ルカニ!」
 サーシャの呪文がバラモスを包む。自分の魔力がバラモスに通用するかとハラハラしたが、手ごたえが返る。
「…こしゃくな…。」
 リュシアが前へと走り出す。もう一度憎しみを込めてバラモスをにらみつけて、呪文を放つ。
「マヒャド!!」
 圧倒的なまでの吹雪と氷柱が、バラモスへと向かう。そのいくつかはバラモスに刺さり、体を凍らせる。だが、 それはすぐに払われる。
 バラモスがじろりとリュシアをにらんだ。
「リュシア、駄目!!」
 サーシャが前に出たリュシアを後ろに下げようと走る。だが、それは間に合わなかった。リュシアの体はバラモスの手に 捕らわれる。
「リュシア!!」
 バラモスが口から炎を吐いた。サーシャはなんとか手で顔をかばう。だが、気がつかなかった。その体の上に、バラモスの 足が迫っていたことを。


 バラモスの爪が、リュシアの腹に突き刺さる。
「…あ、…。」
 かすかな声でリュシアはあえぐが、その声は皆には届かない。
 そして、下ではミシミシと音がする。サーシャの華奢な背中の上にバラモスの大きな足が乗っていた。
 全体重を乗せていないのは、見ていたトゥール達にも分かる。いたぶっているのだろう。それでもサーシャの 顔は苦痛にゆがみ、おそらく肋骨の一本や二本は折れているだろう。
「…あっけないものだな。そうだ、たとえどんな神だろうと精霊だろうと、このバラモスの前には赤子ほどの力もない… まして人の身など、これほどまでにもろい。」
 バラモスはゆっくりと力をかけた。リュシアの腹に爪が深々と刺さっていき、腕には血が滴る。 リュシアの体がびくん、と跳ねた。
 サーシャの体にも重圧がかかる。
「…う…。」
 骨がきしむ音が体内に響く。それでも間違って舌をかまないように必死で歯を食いしばった。
「やめろ!!!!!!!!!」
 トゥールはありったけの声で叫ぶと、バラモスに飛び掛る。だが、バラモスはにやりと笑って呪文を 唱えると、リュシアがいる逆の手のひらに炎を溜めてトゥールへと放つ。
 炎をまともに食らって、トゥールはその場に踏みとどまざるを得なかった。肉が焼ける苦痛がするが、 それをなんとか我慢して体を動かす。二人を助けなければ、死んでしまう。
「ふざ、けるな!!!!」
 引きつる体を無理に動かし、今度は地面を低く走る。バラモスがじろりとトゥールをにらむ。
 そこに、音もなく、本当に音もなく、セイがバラモスの顔に渾身の蹴りを入れた。バラモスは思わずよろめく。 トゥールは畳み掛けるように、バラモスの足を力いっぱい、なぎ倒すように切りつけた。
「こしゃ、くな…。」
 うめくバラモスにかまう間もなく、セイはその勢いでリュシアを握っているバラモスの手を爪で叩きつける。思わず 緩めたそのこぶしから漏れたリュシアを、セイはなんとか受け止めた。
 そして、よろめいた拍子に解放されたサーシャにトゥールは駆け寄ってべホイミを唱えた。




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