サーシャの背中はひどい有様だった。まるでおろし金で削られたように傷ついた背中。赤く染まった血の向こう側に 肉が見えている。その肉の合間にくっきりと聖痕が浮き出していた。
 目をそらしたくなる衝動を必死でこらえ、トゥールは回復魔法をかけ続ける。
「…トゥール…。」
 なんとか気がついたサーシャは、回復魔法を唱えるトゥールを確認すると、まだ痛む手足を動かして、這うように その場から移動する。
 それを留めようとするトゥールに、サーシャは無言で首を振る。バラモスから少しでも離れなければならない。
 そして、その向こう側にセイがリュシアを抱えて立っていた。リュシアの意識はなく、抱えているセイは血まみれだ。
「サーシャ、頼む。」
 セイはそう言ってリュシアをそっと地面に横たえると、そのままバラモスへと走り出した。
「情けねーよな、大魔王様よ!!お前なんか、何にもしてねーくせによ!!こちとらお前の部下には若干の恨みがあるんだよ!!」
 セイはそう叫んでバラモスへと飛び掛った。

 トゥールのべホイミの甲斐あって、サーシャの体はなんとかまともに体を動かせるまでに回復する。それでもあちこちの 骨がきしみ、完治には程遠いが、サーシャはかまわなかった。すぐ近くにあるリュシアの体に近寄る。
 青い顔。血にまみれた腹。それでも、それでもなんとかその目は開き、ぼんやりと虚空を見ている。
「トゥール、行って。」
 サーシャは簡潔にそう言った。
「僕も、回復を、」
 少し震えた声で言いかけたトゥールの気持ちは、サーシャにもよく分かった。
 もう少し、早くリュシアを後ろに連れて行ければ。せめて自分まで前に出なければ。後悔する心はたくさんある。 だが、今はそれを考えているときではない。
 サーシャは怒鳴りつける。
「セイを殺したいの馬鹿トゥール!!」
 ハッとしたトゥールは、すぐさま身を翻した。だが、サーシャの目にそれは入っていなかった。サーシャの頭には、初めて 唱える呪文のことしかなかった。

 ベホマ。最高の回復呪文にして、どんな深い傷でも治すことのできる呪文。自分には高度で、使えるか自信はなかった。
 だが、ぶっつけ本番でも試さなければ、おそらくリュシアの命はない。
 それでも、先ほどまで震えていた心が、落ち着きを取り戻したのがわかる。…おそらく、思いっきりトゥールに 怒鳴りつけて不安な心をぶつけたからだろう。
 サーシャは慎重に、そしてできるだけ早く呪文を編み始めた。


 ほんの、わずかな間だった。
 だが、そのわずかな間、たった一人で魔王バラモスをひきつけていたセイの髪の一部は焦げ、足から血が出、背中には大きな傷跡が あった。
 …いや、それでもまだ戦える傷しか負っていないことを賞賛すべきだろう。
「よくも、僕の仲間を!!」
 トゥールが剣を構えながらあえて声を上げたのは、セイから気を離すためだった。
 バラモスは何も言わず、それでもこちらを見てにたりと笑う。
 セイがバラモスの肩に爪を突き刺そうとして弾かれたのを確認して、トゥールは力強く走り、剣を構えてわき腹めがけて低く飛ぶ。
 バラモスは冷たい一瞥をくれると、トゥールを叩き落さんと手を振り上げた。…それこそが、トゥールの狙っている 瞬間だった。
「ライデイン!!」
 勇者にのみ許される、天雷を操る呪文が、バラモスの脳天に直撃し、体中を振るわせ、一瞬全てをしびれさせる。
「…このようなもの、効きはせぬ!」
 白濁した視界を一瞬にして回復させ、バラモスはトゥールを叩き落さんと再び腕を振り上げた。
 だが、トゥールはすでにそこにはいない。
 トゥールは足場を強く蹴る。そう、バラモスの背後にあった玉座を踏み台に狙うは。
 力いっぱい、トゥールはバラモスの脇を剣で深く、深く突き刺した。
 血が噴出すのと同時に、バラモスは始めて大きな咆哮をあげる。
 その機を逃さず、セイはバラモスの胸に爪を突きたてた。


 手の中の光が、リュシアの体を癒していくのを見ても、サーシャは喜ぶことができなかった。
 呪文は成功した。…だが、間に合ったのかがわからない。サーシャは呪文に集中しながらも、ただ神に祈った。 (ルビス様…どうか、どうか、リュシアを、皆を…。)
 ぴくりと、リュシアの手が動く。サーシャの目が輝いた。
 ゆっくりとリュシアの頬に赤みが差していくのを見て、サーシャはその場に突っ伏して泣き出しそうになる。
「…さ、しゃ?」
 呼びかけに小さく頷く。そこでリュシアの目が見開いた。
「…ごめん、なさい…、リュシア、が、勝手に前に…。」
 サーシャが首を振ろうとしたとき、手の中の光が収まっていく。リュシアは立ち上がった。
「大丈夫、リュシア?初めてだったから…、私…。」
「平気。ちょっとくらくらするけど、でも…。」
「そうね、そんなこと言っていられないわ。いくわよ、リュシア。」
 リュシアは今までの後悔を振り払う。
「うん!」
 力強く頷いた。


 バラモスの目が、初めて憎しみに染まった。ぎろりとトゥールをにらみ、大きく息を吸い、炎を吐きつけた。だが、
「フバーハ!!」
 サーシャの呪文が一瞬早く、四人の体を包み込み、灼熱からトゥールとセイを守る。
「バイキルト!」
 リュシアはセイに呪文をかける。その声を聞き、セイは一瞬リュシアを見て微笑む。
 炎を突き破ったトゥールは、そのままバラモスに走る。そして、同じく走り寄ったセイとほぼ同時に、足に剣を薙ぐ。
 両足を同時に攻撃されたバラモスは、どちらかを踏み潰そうとして機を逃したらしく、まともにくらった。
「…おの、れ…!」
 バラモスが手に光を溜める。そしてそれを放とうと腕を振り上げる。
「マホトーン!!」
 リュシアの念のこもった呪文が、バラモスに向かう。強引に放とうとするバラモスに、リュシアは杖を向けて力を込める。が、 やがてその押し合いも終わり、リュシアは力に負けて吹き飛ばされる。
 そのまま放とうとするバラモスの腕が、落ちた。
「ぐあああああああああああああああああ!!」
 セイが爪で強引に抉り取った腕から、魔法の力が消えた。
「これが、最後だ!!!」
 トゥールが飛び上がる。それに合わせて。
「バイキルト!!」
 サーシャの呪文がトゥールを包み、トゥールはその魔力と共に、バラモスの頭をかち割った。


 バラモスの体が地に伏せる。
「…ぐ、おおおおお…わしはあきらめん、ぞ…、」
 その言葉を最後に、バラモスはゆっくりと消えた。
「…終わった…のか?」
 トゥールがぺったりと床に腰を下ろす。セイもがっくりとうなだれるように両手をついた。
「…勝った…か?」
 そのとき、四人を暖かい光が包んだ。その光の中で、トゥールたち四人の体と魔力が癒されていく。
「…何?どういう、こと…?」
 混乱するサーシャに答えるように、どこからともなく声が聞こえた。
「トゥール、トゥール、私の声が聞こえますね?」
「貴方は…。」
「貴方達は本当によく頑張りました。さぁ、お帰りなさい。貴方達を待っている人々の所へ…。」
 そのとたん、まるで旅の扉に飛び込んだような体のゆがみを感じた。


 そして、突然目の前が明るくなる。太陽が真上に昇っていた。
「…ここは…?」
 どうやら森の中のようだった。そして、その木々の隙間から、とてもよく見慣れた尖塔が見える。
「間違いないよ、ここは、アリアハンの近くの森だ…。」
 何度も来た事がある場所。サーシャとリュシアも頷いた。
「…帰って、きたの…?」
 震える声で言ったリュシアの言葉に答えてくれるのは、明るい日の光だけだった。




 バラモス編終わりました!!おめでとう自分!!大嫌いな戦闘シーンをなんとか形にしました!!
 あえてタイトルは軽い感じに。クロノトリガーからいただきました。
 バラモス戦でベホマが使えるとなんというか緊迫感がないですね。すみません、私バラモスと戦った 時、トゥールのレベル38でした…。
 そんなわけで、次回凱旋編です。もうちょっとだけ続くんじゃよ?


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