和やかな空気を破るように、セイが立ち上がり、トゥールの胸元に指を突きつけた。 「でもな。一人で行こうってのはどういう了見だよ。」 「え?」 「俺は違う。俺には家族も故郷もねぇし、特にやることもない。元々暇つぶしで着いてきただけだしな。連れて行けよ。」 「で、でもセイ。今度は今までとは違う。どんな世界かもわからない。ギアガの大穴に飛び込むんだよ?最悪、そのまま追突死… なんてこともありえると思う。あの穴はただの穴じゃないだろうし、可能性は低いと思うけど…。」 「ばぁか。それはお前も同じだろうが。お前にだって守るものはあるんだろう?それでも行くって言うんだ、付き合って やるよ。」 そう微笑んだ笑みは、とても柔らかくて。それでも素直に礼を言うのはちょっと悔しかったので。 「物好きだね、セイは。」 トゥールはそう言って笑った。 「お前ほどじゃないさ。」 セイもそう言って笑う。そして。 「それじゃ、行くぞ。」 「へ?」 突然のセイの言葉に、トゥールは一瞬目を丸くする。 「ばーか。一番付き合いの浅い俺にすらばれてるくらいだ。あの二人にだってバレバレだ。今から出るぞ。出られるか?」 「うん。」 トゥールは急いで手紙にペンを走らせ、自分の署名を入れる。そして、すでに荷造りしてあった旅支度を手に取った。 黎明、まだ遠く。そっと二人は窓から家を出ると、そのままラーミアへと飛び乗った。 ラーミアの上にいると、冷たさを感じないのだが、暗い空と真っ黒な海を見ていると、やはりどこは頬が冷たいような気が するから不思議なものだ。 「…ん?なんか方向違わねぇか?」 セイがそう言い出した。下も暗いためいまいち方向感覚がないが、それでも旅なれた感覚がどこかずれているような気がしてならない。 ラーミアへの指示はトゥールに任せている。ラーミアはなんとなくトゥールの意思を汲み取って動いてくれるらしいが、 セイには良く分からないのだ。 「ん?大丈夫だよ。」 だが、トゥールはにっこりと笑ってそう答える。 やがて、辺りは徐々に明るくなり、ゆっくりと日が昇り始めた。そうして、流れ行く眼下を見るとはやり方向は 間違っている。そして、どこに向かうかが分かる気がした。 「トゥール、お前なぁ…。なんのつもりだ?」 「別に。いいじゃないか。ラーミアがないとギアガの大穴にはいけないよ。」 「そういう意味じゃない!お前なぁ!!」 「まぁまぁ、ほら、さ。」 本気でセイがトゥールに怒鳴ろうとしたとき、トゥールは下を指差した。眼下には。その眼下には。 「別にさ、会いに行けとか言うつもりじゃないよ。たださ、空も、海も、大地もつながってない世界に行くんだし、見ておく くらいはいいんじゃないかって思ったんだよ。」 そこには、驚くほど小さな島。かつて悩んでいたのが嘘のように思えるほど、本当にちっぽけで。 それでも憎らしいことに、盗賊くずれの自分の目には、かつて暮らした場所が鮮明に映る。 そして、無意識にかつて自分が住んでいた家を探したセイは、時が止まった。 「…もういい。…ありがとうな。」 セイが静かにそう言ったので、トゥールはギアガの大穴へと行くように、ラーミアにお願いした。 小さく小さく見えた弥生の姿は、よそ行きの、祭りの格好だった。誰かの結婚式でもあるのかもしれない。 そして、その姿はあきらかに既婚女性のする装いだった。 (そうか…結婚したのか…。) だが、それより重要なことがある。それは、弥生の笑顔がとても幸せそうだったということだった。 誰かと支えあって家庭を築き、幸せに暮らしていること。それはセイにとっても幸福で。 本当にこの世界になんの憂いもなくなったことを示していた。 「…来て良かった。」 トゥールに聞こえないように小さくつぶやいたその声を聞こえたのか、聞こえてないのか、トゥールはにこにこと 笑っているだけだった。 朝の支度を終え、水桶を出すために弥生は家の外へ出て、空を仰ぐ。 どこからか不思議だが、この世界が救われたのだと噂に流れてきた。この閉鎖された国のどこからそんな情報が 出てくるのか本当に不思議だったが、弥生たちは喜んだ。特に両親は家を出た兄がついにそれを果たしたのだと 誇らしげだった。 最後に幻のような孝行息子を演じた兄の姿が色濃く残っているのだろう。いつ帰ってくるかと楽しみにしている様子だった。 つい先日、弥生は婿を取ったのだが、両親はやがて流星が帰ってくれば色々問題になるだろうとしぶっていたのを思い出す。 (…そんなこと、あるわけないのに。) それでも、本音を言えば、自分と夫を兄に見て欲しかったとちらりと考えてしまった自分は、やはり同類なのだろうかと 少し苦笑した。 今日は国の祭りだった。世界に平和が訪れた祝いをするのだと、国中で張り切っている。その祝い事をもたらした兄は、 今どこで何をしているのかと、幸せを祈りながら空を見上げた。 「あ…。」 思わず、声が漏れた。まるで透けるような朝の青空に、鳳凰が飛んでいたのだ。世界の平和を祝うように。 奇跡のような光景だった。この世界の明るい未来を象徴しているかのようなその姿に、心を奪われる。 その光景はあまりにも美しく、鳳凰が西の空へと消えるまで、弥生はずっと空を見続けながら、どこかにいる 兄の幸福を祈った。 |
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