美しい朝日を浴びながら、かつて訪れた廃墟が静かに佇んでいた。
「…テドン…。」
 リュシアの生まれた場所。リュシアの肉親が眠る場所。またこんな形で来ることになるとは 思わなかった。
「…?どういうこと?どう、するの…?」
 混乱しながらサーシャは周りを見渡す。確かにここはギアガの大穴に近い。だが、たどり着くにはまず大きな 山脈を越えねばならない。
 リュシアも困ったように笑った。どうする、と言われても、正直に言えばどうすればいいか分からない。
 ただ一つだけ分かっていること。それは。
「でも、リュシア、ここで空、浮いたから。」
 リュシアはそう言うと、ゆっくりと口を開いた。


”魂は空に 体は大地へ”
”貴方の全てが楽園へと 聖なる母なる女神の下へと”
”慈悲深い楽園で 全ての苦痛を癒され 安らぎが与えられますように”

 かつて、リュシアはここで空に浮いた。
 怒りの力で、この地に漂う闇の力を使い、奥底に眠る血の力を増幅させたのだと言う。
 だが、リュシアはそれをする術を知らない。完全な無意識だったからだ。
 それに、おそらく当時ほどこの地に闇の力は存在しない。オーブはすでになく、以前自分も使ってしまったから だった。
 ただ、リュシアにできることは、ここに眠っている自分の父に、母に、故郷の皆に、そして先祖の 闇の精霊王にお願いすることだけだった。
 それとも、エリューシアの中に眠る血は知っていたのかもしれない。
 人が歌に魔力を乗せることができないのは、それが精霊の魔力行使の術だからだということを。


”愛しき貴方よ 罪なき人々よ”
”どうか優しき闇へに 眠ってください”
”そしてその闇の中で 暖かなまどろみで”
”光の元の我々を お守りください”

 その輝くばかりの謳声に、サーシャは涙がこぼれそうになった。
 歌自体には聞き覚えがあった。教会でもよく歌われるレクイエムだ。
 だが、今まで聞いてきた、歌ってきた歌と同じ歌だとは思えない。
 心の隅々に響き渡るような、魂の奥底まで揺さぶられるような、美しい、麗しい謳声が、誰もいない荒れた廃墟に 染み渡る。
 それに半分酔いながら、サーシャは隣で祈ることにした。
 母なる神に。ここにいたテドンの人々に。自分の中にいる何かに。どうか加護をと。

”光に恵みよ 闇に恵みよ”
”母なる女神よ 全ての神よ”
”彼の者にどうか救いを”
”安らかに 安らかに 安らかに”

 謳い終えるとほぼ同時に、リュシアは自分の体が浮かび上がるのを感じた。
「サーシャ!」
 祈りを捧げているサーシャに手を伸ばす。サーシャは一瞬驚いたようにリュシアを見ると、急いでリュシアの手につかまってきた。
 その手をしっかりと握り締めて、リュシアは意識をギアガの大穴へと向けた。

 サーシャはリュシアに手を引かれ、空を飛んでいた。
 その高度は低く、ラーミアと比べるとあまりにも心もとない。
 だが、握り締めた手は暖かく、リュシアの目は、まっすぐ力強く北を見つめている。
 伸びたように見える、闇の髪はかつてのように空を覆うほどはなかった。だが、体にまとわるその闇は、 まるでリュシアを闇の天使のように彩っていた。
 リュシアの額には汗が流れ、疲労しているようだった。高度も徐々に下がってきているように感じる。
 不安そうにリュシアを見ていたが、やがてその眼下にギアガの大穴が見え始めた。
 声をかけたかったが、邪魔になるかもしれない。サーシャはそう思って、リュシアの手を強く握り締める。
 リュシアはこちらを見て、少し苦しそうに笑った。サーシャは少しでも早くつくことを祈りながら、徐々に近づきつつ あるギアガの大穴をにらんだ。


 女性追撃編でした。
 後半の謳のシーンは美しく書きたいな…と頑張ったつもりなのですが、難しいですね。このシーンのために 50の質問を書いたようなものだったり…。
 そんなわけで役に立たないサーシャを置いて、リュシア大活躍の回でした。
 次回は合流編、そして地下世界編に突入します。


前へ 目次へ トップへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送