ラダトームは寂しい町だった。 寂れているわけではない。町並みは今まで訪れたどの王都にも劣らない規模であるし、サマンオサのように人通りが ないわけではない。人々は町を行き交い、物売りの声が響いている。 …それでも、暗がりに目を凝らせば、ぼろきれをまとった人々が疲れ果てたように座り込んでいるし、道行く 人たちの顔に笑顔が少ない気がした。 道端にある花壇には枯れた花がひっそりと揺れており、少し目を向ければ空き家が目に付いた。 人があるのに、活気が足りない。それは誰もいない町より、よほど寂しい光景だった。 「…さて、どうするかな、とりあえず宿か?」 周りを見渡しても、宿の数はそこそこのようだった。…営業しているかは分からないが。 「その前に、お金って同じかな?」 トゥールの言葉に、三人は考え込んだ。 「…そういやそうだな…、金が違うと…参るな。」 「じゃあ、これを試しに売ってみるって言うのはどうかしら?」 サーシャが指につけていたはくあいリングをはずしてみせる。真ん中に大きな宝石、そしておおきな鳥の 細工と、そこそこの値段になりそうだった。 「旅人だから足元見られるかもしれないけど、とりあえず物価も分かると思うし、お金も手に入るし。」 「いいんじゃねぇか。…いいか?」 確認するように言うセイに、サーシャは笑顔で指輪を手渡す。 「そうだね、じゃあ、町を散策がてらに物を売れるところを探そう。ついでに、買い物をしている人を観察して、 お金の確認とかできたらいいかな。」 トゥールの意見に頷いて、四人はそのまま町を歩き始めた。 露天が並び、人々が大勢行き交っている。おそらく生活の中心地なのだろう。 やはりアリアハンなどに比べると活気と言うか笑顔がないように 思うが、それでもこうした人の営みを感じさせる光景はトゥールたちをホッとさせた。 日がないこの世界でどうやって栽培しているのかは謎だが、人々が持っている食べ物などがほとんど見覚えのあるもの だった。 「…野菜とか、同じ。」 そうつぶやいたリュシアが、横を走り去っていく少年に軽くぶつかった。少しよろけたリュシアを、サーシャがとっさに 支える。 「大丈夫?」 「平気。」 どうやら遊んでいたのだろう、一瞬こちらに頭を下げて、少年はそのまま走り去っていこうとする、のをセイが抑えた。 「セイ、リュシア、大丈夫、こけてないから。」 「??えっと、ぶつかってごめんなさい。」 不思議そうに見上げる少年にセイは笑い返す。 「ま、謝って欲しいのはぶつかったことじゃねぇけどな。」 そう言って、セイは少年から取り上げたリュシアの財布をもてあそんだ。 「…この子がすったの?」 トゥールが聞くと、少年は暴れだす。 「うるさい!離せよ!!」 「なぁ、なんでリュシアを狙ったんだ?」 「そんな黒い髪の奴はここにはいないし、服装も変わってるからよそ者だと思ったんだ!!」 少年はそう言って暴れるが、いくら暴れたところで、鍛えられたセイの片手から逃れることはできない。 かつて似たような生活をしていたセイはなるほどと納得した。このような状況では地元の者の財布に手を出す事は 難しい。すぐ顔を覚えられてしまう。子供では外に逃げる事もできないだろう。あえて リュシアを狙ったわけではないと、セイは判断した。 「ほら、リュシア。まぁ、大丈夫だとは思うが、一応中身確認しておけ。」 セイに財布を投げてよこされ、リュシアは困惑しながらも受け取り、中を確認した。 「…大丈夫…。」 「…貴方、一人なの?教会で何かもらえたりはしないの?」 サーシャが優しく微笑みかけるが、少年はバツが悪そうに叫ぶ。 「一人じゃねぇ!弟達がいる。教会の神父なんかとっくにどっかに逃げちまったよ!! 誰も助けてくれるもんか!俺は仲間と一緒に食って生きてるんだからな!」 そういう少年の体は、清潔とは言えず、よく見ると年頃の少年らしくなくやせ細っていたし、服は、よく見ると だいぶくたびれていた。 。 「あの、もし良かったら…。」 そう言って、サーシャは財布を出す。教会で生まれ育ったサーシャには喜捨は極当たり前の習慣だった。だが、 「ふざけるな!!俺は乞食じゃない!!自分で仕事してちゃんと食ってる立派な大人だ!!」 「ご、ごめんなさい…。」 顔を真っ赤にして暴れる少年に、サーシャは手を引っ込める。後ろで同じようなことを考えていたらしきリュシアも、 少し顔をうつむけた。 暴れる少年をなんなく押さえつけながら、セイは少し笑った。 (ま、こんな余裕があるんなら、そんなに苦しい生活じゃねーんだろうな。) 昔のことを思い返してそう思う反面、その間違った誇りに若干ではあるが昔の自分を重ねた。 そんな中、トゥールは少し考えて、財布から30Gを取り出す。そして暴れる少年の手をつかみ、強引にお金を握らせた。
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