宿は狭いながらも温かみがあって、清潔なところだった。料金も安く、ヨファの薦めは正しかったようだ。 隣同士の二部屋を取り、男女に分かれて部屋に入った。

 あちこちに灯された魔法の灯りが、部屋を照らし出す。それがどこか落ち着いた雰囲気をかもし出していた。
「ずっと暗いって不思議な感じね。」
 持ち出した荷物を整理しながら、サーシャはつぶやく。
「…優しくない闇だから。皆きっと疲れてる。」
 その声が聞こえたのだろう、同じく荷物を整理していたリュシアが、そう応える。聞こえていたのかと少し 恥ずかしくなったが、暗闇が怖いリュシアは大丈夫だろうかと、心配になって振り返った。
「そうね…リュシアは…、どうしたの?」
 リュシアは荷物から本を出して考え込んでいる。少し近寄ってみると、それはぼろぼろの絵本だった。 家から持ち出したのだろうか、ずいぶん古いもののようだった。
「…あげられないかなって。」
「ヨファ達に?」
 サーシャの言葉に、リュシアは小さく頷いた。
「…持ってきたけど、リュシア、覚えてるから。もういいかなって。」
「…でもあの子達、多分文字が読めないんじゃないかしら?」
 幸いにして、文字も自分達と同じものだったが、町を案内してもらうヨファの様子から、おそらくヨファは 文字が読めないようだった。その弟達も、文字を習う余裕があるとは思えない。
 本当は、スリなんてやめろと言いたかったのだ、サーシャは。ヨファはとてもいい子だった。スリは罪深い ことだし、いつか捕まってしまうだろう。
 …それでも、文字も読めない子供が、子供達が生きていくために他にどうしようがあるのだろうか。それに 対する答えが出せない以上、サーシャには何も言うことができなかった。
 例え、サーシャが喜捨したとしても、それを先延ばしにすることしかできない。
「…無力だわ。もし、私が旅人じゃなければ、もう少し何かできるのに…。」
 サーシャはそうつぶやいて、ふと頭に考えが浮かんで立ち上がる。
「ねぇ、リュシア、良かったら付き合ってくれない?」
 サーシャの突然の提案に、リュシアは一瞬面食らったものの、大きく頷いた。


 同時刻、隣部屋。
「やっぱ暗くておちつかねぇな。」
「そうだね、今までは必要だと思わなかったけど、やっぱり時計買った方がいいかな…?」
 町の人間は城から聞こえる鐘で時刻を判断しているらしいが、旅を続ける上でやはり必要となってくるだろう。 高級品ではあるが、今まで旅をしてきてトゥールの手元にはかなりのお金がある。探せば買えるだろう。
 小さく、ノックの音がした。ドアの隙間から、リュシアが顔を出す。
「…あの、ちょっと出かけてもい?」
「一人じゃ危ないぞ、どこ行くんだ?」
 セイの言葉に、リュシアは小さく首を振る。
「サーシャも一緒。ヨファに絵本、あげたいの。」
「私もいるわ。心配しないで。ご飯食べててくれてかまわないから。」
 後ろから、サーシャの声がする。トゥールは少し考えて答えた。
「わかった、気をつけて。いってらっしゃい。」
「ありがと、トゥール。」
 サーシャの声の横で、リュシアはぺこりと頭を下げて扉を閉める。そして、しばらくして、窓から走っていく二人の後姿が 見えた。
 そして、二人は、次の日の昼の時間まで、戻ってこなかった。


「…やっぱり迎えに行こうかな…。」
「さすがに遅いよな、入れ違いになったらまずい、俺が行くからトゥールはここで待っとけ。」
 セイがそう言って立ち上がったとき、ノックの音がした。セイが急いで戸を開けると、疲れた様子の サーシャとリュシアがいた。
「心配かけてごめんなさい…。」
「大丈夫か?どこにいたんだ?」
「ずっと、ヨファのところ…。文字と、呪文を教えてたのよ…。」
 今日まで強行軍だった二人は疲れているのだろう、少し意識が飛んでいるようだった。
「サーシャが、ホイミとメラが使えたら、きっと役に立つからって、あと、文字教えてたの…。」
 リュシアはそれだけを言うと、子猫のようなあくびをした。
「お疲れ様、ひとまずゆっくりと休んで、あとでゆっくり話をしてくれる?」
 トゥールの言葉に、二人は子供のように頷くと、そのまま部屋に帰っていった。


 ラダトーム編その1、町編でした。次回は城へいけるはず、多分。ヨファさんは重大な伏線という わけではまったくないので、そのままスルーしてくだされば。
 ラダトーム全体はリュシアのための話なので、リュシアファンの皆様はニヤニヤしてくだされば嬉しいです。

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