終わらないお伽話を
 〜 勇者と父 〜



 その人はほとんど死体のような状態で城に運ばれてきた、と王子は語った。
「本当にひどい有様で、それでも息があるのでなんとか助けようと運ばれてきたわけですが…、魔法の効きもよく、驚く ほど…一年ほどで傷を治されました。ベッドの中にいる間も暇だったのでしょうね、まだ落人が珍しいとまとわり つく私に、いろんなことを教えていただきました。」
「…………………いろんな、ことですか?」
 トゥールは長い沈黙の後、ため息を吐き出すように言った。
「はい、特に外の世界…青い空や白い雲、太陽や月のことなど…私が見たこともないことを教えてもらいました。古い 伝説によれば、雨と太陽が合わさるとき虹の橋がかかると言います。どんなものか、知りたかったんです。」
「…ちょっと待て。」
 セイが王子の言葉を止めた。

「…何か?」
「リュシア、これ、ヨファも言ってたんだよな?…おかしくないか?暗闇に包まれたのは20年ほど前だろ? たった20年で『古い伝説』って言うか?」
 セイの言葉に、王子がいぶかしげな顔をした。
「…そうですね…、後で少し詳しく調べてみましょう。」
「…あの、父さんは…何か、他に…。」
 トゥールは意を決したようにそう言って、また口をつぐむ。その言葉に、王子は少し驚いたようだった。
「そう、ですか…、貴方はオルデガさんの息子さんだったんですね。」
 王子の言葉に、トゥールは頷いた。それを見て、少し沈痛な表情をする王子。やがて、重く口を開いた。
「…オルデガさんは…自身の記憶を失っておられました。結局自分に関することは、お名前しか思い出されずに…。」
「オルデガ様は、今は…。」
 サーシャが覚悟したように聞いた。予感がする。その予感に答えるように王子は遠い目をした。
「旅立たれました。ゾーマを倒すのだとおっしゃって。…そして、その後他の方々と同じように連絡がありません。 その時城にあった伝説の武具をオルデガさんに渡すことができなかったことが、今でも 悔やまれます。」


 トゥールは呆けたように言葉を反芻する。
「伝説の武具ですか…?」
「はい、その後、敵に奪われてしまったんですが…、オルデガさんは言ってました。おそらく自分には装備できないだろうと …。なぜなのかはわかりませんが…。」
 そう暗い顔をしたが、王子はそれを吹っ切るように顔を振った。
「ですから、今度こそ、私にできることがあればやろうと決めていました。トゥールさんには失礼かもしれませんが…。」
「…いえ、ありがたいです。」
 トゥールはどこか複雑な笑みを浮かべた。それを察して王子はまっすぐトゥールを見た。
「…オルデガさんの息子さんだから、というわけではありません。…この世界の闇を払ってくれる、そう言って下さる方に できる限りのことはしたいんです。」
「あの…ね。」
 リュシアが、おずおずと王子に話しかけた。
「本当は、こんなのじゃないの。夜は、夜の闇はもっと綺麗でホッとするの。いつか、ちゃんと見て欲しい。」
「…そうですね。」
 王子はそう言ってにっこりと笑いかける。
「黒い色は不吉だと言われていますが…貴女のその髪のような色をしているのだとすれば、見てみたいですね。」
「…。」
 リュシアは少し頬を赤くして、髪を引っ張った。それを見て、セイは少し顔をしかめた。
「…あんたは戦う気はないわけか?」
 セイがそう口を挟むと、王子は少し考える。
「皆様のような手練の方が、私の力が必要だと言われるなら考えますが…私なんかよりももっともっと力のある兵士が 旅立ち…そして帰ってきませんでした。この命を無駄に散らすよりも有効に使うべきだと考えます。 私には私のできることがありますから。」
「…それはなんだ?」
 不機嫌なセイを不思議そうに思いながら、王子は意外と上機嫌に答えた。
「人を動かすことができます。…私の血はあなた方と同じ色をしていると思いますが、それに価値を覚える人が いるのならば…たとえば民の代表として命を落とすことで、多くの命を救うこともできます。」
 最後は妙に真面目な表情だった。それを覚悟しているのだろうか。セイは黙りこむ。王子は 気にせずにっこりと笑った。
「とりあえずこの大陸の地図をお渡ししましょう。それから…この先ほどの伝承やゾーマについてなど調べておきます。 他に何かできることがあれば言って下さい。」





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