宿屋のトゥールの部屋。オルデガの持ち物の一つ、本を両手にサーシャは断言した。
「間違いないわ。これは悟りの書よ。」
「……という事は、多分トゥールの親父は要らないものを置いていったんだろうな、勇者は転職できねーだろうし。 そっちの指輪は?」
 トゥールは指輪をひっくり返す。
「よくは、分からないんだけど、結婚指輪とかじゃないと思う。それにもし火山に落ちたならどこか 溶けてると思うんだけど、何もないし、多分こっちに来てから手に入れたものじゃないかな。 あの人には悪いけど、多分そういうことなんだろうね。」
 そう言って、トゥールは指輪を片付ける。あれだけの年月を待ち続けたにも関わらず、対して重要でもないもの なのが、とても申し訳ない気がしたのだ。
「……でも、あの人はトゥールに渡せて嬉しかったと思う。それがどんなものでも関係ない。」
 リュシアが控えめに、だが強くそう言うと、トゥールはサーシャから悟りの書を受け取って、袋の 中にしまいこんだ。
「そうだね。ちゃんと大事にしておくよ。……でもそっか、魔王の城に行って7年か。」
 覚悟していたとはいえ、なんだか心かきゅっと苦しくなる。トゥールは立ち上がった。
「町をぶらぶら歩いて、ちょっと心の整理をするよ。」
 笑ってそう言うと、トゥールは部屋を出て行った。
「……一人寂しくないかな……。」
 リュシアは心配そうにトゥールの背中を見送る。だが、サーシャがリュシアの肩を叩く。
「大丈夫よ。部屋に閉じこもって悩むよりずっと健康的だもの。」
「まぁ、正直こんだけ暗いと外でも中でも変わらんが。」
「そうでもないわよ。せっかく水も綺麗なんだからちょっとでも心が癒されるといいわね。」
 サーシャとセイにそう言われ、リュシアは頷く。そうして、サーシャに向き直った。
「サーシャは、平気?」
 そう言われ、一瞬呆けるサーシャだが、やがてとっておきの笑顔を見せる。
「ありがとう、リュシア。」


 サーシャは一人、教会へと足を運んだ。実のところあまり大丈夫ではなかったのだ。
 魔王の城へ行って7年。
(間に、合わなかった……。)
 吐き気がするような罪悪感。自分のせいで、オルデガを死なせてしまった気分だ。
 なんとかそれを振り払ってサーシャは祈った。
 信じたい。オルデガを。オルデガを勇者とした精霊神ルビスを。
 それでも、とサーシャは思う。
 トゥールは特別なのだと。トゥールが唯一の勇者だと、雨雲の杖をくれた精霊は言った。
 トゥールが特別だと、感じた事はある。
 それは……トゥールの前には道が開けていること。オルデガがここにたどり着いたのはただの偶然。 ……けれどトゥールは違う。道に鍵は幾重にもかかっていたものの、導かれるようにここまでやってきた。
 それが、真の勇者としての意味なのだろうか。ルビスの加護なのだろうか。
 それが何を意味するのか、サーシャには分からない。けれど、一つ分かること。
(トゥールだって、きっと、オルデガ様の死を望まないもの。)
 誰にとっても哀しい結果とならないように信じること。祈ること。それだけしかできないけれど。
 生まれた頃よりずっと繰り返してきた、ルビスへの敬虔な祈りをサーシャは捧げ続けた。


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