そこは、のどかな田舎村だった。 入り口にある、少しばかり立派な門構えが若干目を惹くが、新しいところをみると、何かがあって立て直す際に立派にしたのだろう。 「ここ、温泉が沸くらしいな。」 「温泉…って、確か地面から湧き出るお湯だよね?」 トゥールの言葉に頷いて、 「ああ、地面の成分をたっぷり含んだ水だからな、浸かると体にいいんだよ。疲れも癒えるらしい。せっかくだ、入っていこう。 ちょっとくらい休んでも罰はあたらねぇだろ。」 セイは嬉しそうに言う。サーシャも少し嬉しそうだった。 「そうね、素敵だわ。……ここはルビス様のお力が多く残っているのか知れないわね。大地から暖かなお湯が出ると言う事は、 大地がまだ生きていると言うことだもの。そのお力を分けていただけるのね、きっと。……あ、でもそれって、 大勢の人と一緒に入るのよね……。」 躊躇うサーシャに、リュシアが安心させるように言う。 「……あんまり人、いないから。いなかったら、一緒に入ろ?」 「このご時世だもんね。ちょっと山奥だし、それに……。」 仰ぎ見ると、海の向こうには高い塔が建っている。ルビスが囚われているという塔だ。人があまりいないのはそのせいも あるかもしれない。 「あら珍しいわね。観光?」 それを証明するかのように、村の女性に声をかけられた。 「あ、はい。温泉に入りに。……あと、噂によるとあの塔にルビス様が囚われていると聞いて……。」 トゥールの言葉に、女性は顔をしかめる。 「ああ、あの噂ね…、おかげでここを訪れる客もめっきり減ったわ…。何かモンスターに 見張られているみたいだって。貴方たちはゆっくりしていってね。まぁ、せまい村だけれど。」 「温泉の他には何かある?物知りな方がいらしたらお話とか聞きたいのだけれど。」 サーシャがそんな風に聞いたのは、ルビスの封印を解く方法がいまだに分かっていないからだった。だが、女性は しばらく考え、 「……物知りじゃないけれど、器用な人ならいるわ。武器屋のご主人なんだけど。いらなくなった金属なんかを、包丁やナイフなんかに 打ち直してくれたりするのよ。ジパングというところの技術を使っているから、とても良く切れるの。」 「ジパン、グ?」 女性の言葉を遮って、セイは小さく低く、そう聞いた。女性は溌剌と答える。 「ええ、そうよ。聞いた事はないけれど、武器屋のご夫婦はそこから来たんですって。他にも、そう、そこの門。そこの彫刻 してくれたのも武器屋のご主人よ。そのジパングの花で、奥さんの名前の由来なんだそうよ。ロマンチックね。」 セイは急いでその門を見た。そこには、つるを伸ばして門に絡み付いている植物が確かに彫られていた。花も咲いていて、 その葉は小さく、花は何十もの小さな花が房になっている少し変わった花だった。 セイは、その花を知っていた。その花がどんな美しい色をしているかも。そしてそれを見た瞬間、セイは村の中へと駆け出した。 武器屋はすぐにわかった。どうやら村の一番大きな建物の二階らしい。セイは躊躇わずその建物に入り、階段を あがる。 「セイ、知ってる人なの?!」 なんとかセイに追いついたのは、その武器屋の扉の前だった。扉を開けるのを躊躇っているセイの背中に、トゥールは息を 整えながら、そう聞く。 「……多分。……話したこと、あるよ、お前らにも。」 サーシャとリュシアが追いついてきたのを確認して、セイはゆっくりと扉を開けた。 「いらっしゃいませ。」 いつものように、武器屋の主人はそう口を開いて固まった。 それは、どうと言うこともない、普通の青年だった。村の者ではないが、自分が生まれ育った 場所と違い、旅人がすごく珍しいというわけでもない。 一人は、少し幼い顔立ちながらも、しっかりと強い目をしている、たくましい青年。なかなか良い装備をしていた。 一人は、驚くほど美しい顔立ちをした、青い髪の女性。均整の取れた体つきといい、まとう雰囲気といい、人だとは信じられない。 一人は、その女性より幼い、かわいらしい少女。細くて華奢な体で、大きな目が零れ落ちそうなほどこちらを見ている。 だが、口を固まらせたのは、その三人を引き連れて先頭にいる青年だった。 たくましく鍛えられた青年。装備は驚くほど簡素だが、それほど驚くことではない。 始めに驚いたのは、見覚えのある顔。自分が覚えているよりも、少し『幼くなった』その顔。 そして乏しい灯りの中で輝くばかりの白い髪を見て、それは『幼くなった』のは当人の顔ではなく、 当人は『成長した』のだと悟る。 青年は口を開いた。ぎこちない響きで。その声は、もう覚えている声ではなかった。 「……芦彦、……さん。」 呼びかけてはみたものの、芦彦が自分のことを覚えているかは分からなかった。 かつてジパングから自分の腕を試すために、妻と二人で小さな船で旅立った若者。……そして、 セイはその船にもぐりこむことで、ジパング脱出を果たしたのだった。 密航したセイに、芦彦と、その妻である藤はとても良くしてくれたのを、セイは覚えている。 目の前にあるその顔は記憶している9年分だけ年月を重ねていた。当然、自分も重ねているはずだ。自分はすでに別人 になってしまっていると言ってもいい。 名乗ろうかと思ったとき、固まっていた芦彦が口を開いた。 「流星、か?大きく、いや、生きていたんだな……。」 その言葉を聞いて、セイは自分が想像していた以上の喜びが湧き出てくるのを感じた。
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