双方がお互いの事情を語り終え、部屋は一瞬不思議な沈黙に包まれた。
「それにしても、まさかこんなところで会えるなんて驚いたよ。二人がこんなところに来ていたなんてな。」
 刀鍛治の修行をしていた芦彦と藤は、いい石を探すために洞窟に入り、その奥で穴に落ちたのだと説明した。もう2年も 前のことだと言う。
「二人そろってで良かったと思っているよ。ここはいい石も火も土もある。知らなかった多くの技術もね。」
「ええ、ここの方々は本当によくしてくださっています。ここに来てよかったわ。……こんなに立派に なった流星にも会えた。」
 そう言って、頭を下げたのは芦彦の妻の藤だった。
「お礼を言わなければなりませんね。流星、それにトゥールさん、サーシャさん、リュシアさん。ジパングを 救ってくださってありがとうございます。出てきたとはいえ、私たちの故郷。守ってくださって本当に嬉しく思います。」
「ああ、本当に感謝の言葉もない。 しかし、帰るつもりはなかったが、そんな、日巫女と八岐大蛇などという化け物にジパングが蝕まれていたとはなぁ…。」
 芦彦が重々しくつぶやいた。トゥールが軽く首を振る。
「いえ、僕達も目的があってやったことですし。」
「……それだけではない。そのことで、流星が和解できたと言うのなら、……それは本当に……。」
「芦彦さん……。あんたが、気にすることじゃないんだ。」
 言葉を詰まらせる芦彦に、セイが戸惑うように声をかける。
「……いや、流星。お前がここに来たとき、驚いたよ。まるで…昔の流星の父をそのまま写したようだった。 多分ね、うすうす皆、気がついていたはずなんだ。お前の両親は本当に仲が良かったから、……不貞をはたらくくような 人ではなかったし……なにより、皆榊の人の幼い頃の顔立ちを皆知っているからね。…特に私の家は榊の 家と関係が深かったから……。」
「……あの教会へ行っても、おそらく流星の救いにならないことは分かっていたの。……けれど止めることができなくて、 私たちは貴方の言うとおりにするしかなかったの。ごめんなさい。」
 二人はそう言って深々と頭を下げる。セイは心底困ったように口を開く。
「止してくれよ。白く生まれて良かったとは言う気はまぁないが、これでも今を結構気に入ってるんだ。それに……あれはどうしようも なかったんだよ。俺こそ感謝してる。もし二人があの時ジパングから出てくれなかったら、俺は多分、……あんまり いい未来にはありつけなかったはずだからな。」
 セイの言葉に、芦彦が四人を見て少し哀しく微笑んだ。

「流星がそんな風に言ってくれるのも、きっと君達のおかげなんだろうな。そんなものはいらないというだろうが、 私ができることで、何かお礼がしたいのだ。何かできることはないだろうか?」
「いえ、お気持ちだけで……。」
 サーシャが首を振るが、芦彦は詰め寄る。
「いいや、故郷を守ってもらい、こうして我々ができなかった同郷の者を救ってくれた。……それどころか世界をもだ。 何でもいい、できることならなんでもしよう。」
「……そうだ、これを見てくれないか?」
 ふと思いついて、セイはオリハルコンを取り出す。ドムドーラで見つけた、王者の剣の破片だ。
「これ、なんか伝説の武器らしいんだが、魔王に折られちまったんだ。何かに使えないか?」
 セイの言葉に、芦彦が飛びつく。震える手で、そっとオリハルコンに触る。
「……これは、伝説のオリハルコン……。…………もし、許されるなら、これで刀……、いや剣を打っても構わないだろうか? もちろん、打った剣は君達に返す…、いや、君達の剣になるだろう。」
 芦彦に熱くそう言われ、セイは三人を見比べるが、やがてトゥールが頷いた。
「お願いします。多分装備するなら僕、だと思うんですけど……。」
「そうだな……。きっとこのオリハルコンは君に使ってもらいたがっているようだ。……一週間ほどこの村に滞在して欲しい。 一週間したら、またここに来て欲しい。」
 芦彦に言われ、トゥールは頭を下げる。
「ありがとうございます。」
「いや、お礼を言うのはこちらのほうだ。お礼をといったのに、これほどの石に触れ合う機会をいただいた。これで は本当は礼にもならないな。」
 トゥールは首を振った。
「……貴方の話は、前にセイ、……リュウセイから聞いていました。貴方のおかげで、僕達はセイに会えた。 それが、一番のお礼です。」
 トゥールの言葉に、藤はにこやかに笑う。
「流星がめぐり合った相手が、貴方達でよかった。……どうかよろしくお願いしますね。」


 真っ黒な空に向かって、白い湯気が飛び出していく。
 顔が赤いのは、お湯のせいではないだろう。
「……俺の兄貴かなんかかよ。ったく。」
 どこかバツの悪い顔で湯に使っているセイの横で、トゥールがくすくすと笑う。
「僕、セイがさん付けで人に呼びかけてるの、初めて見たよ。」
「うるせーな。そう読んでたんだからしかたねーだろ?大体もう9年も前なんだからな!」
 ばしゃっと乱暴にトゥールにお湯をぶつける。トゥールは笑って顔をぬぐう。
「子供時代を知ってる人間って時々バツが悪いよねぇ。」
「なんだ、お前もそんなこと思うのか?」
「お前もってどういう意味だよ。」
 トゥールの言葉にセイは笑う。
「四六時中一緒にいるだろ。」
「だからだよ。いまさらいくらかっこつけても、僕は結局『泣き虫トゥール』なんだもんなぁ。」
「……そんなお前を王子様だと思ってるやつもいるんだけどな。」
「それは……」
 セイの少しさめた声に、トゥールが反論しようとした時、
「大丈夫。誰もいないよ。」
 当人の声がして、二人は思わず黙り込んだ。

 温泉は簡単な作りだ。外から見えないように、周りには木で生垣が作られていて、 岩風呂を木の塀で真ん中を区切り、その奥にそれぞれ男女の脱衣所がある。 ゆえに、それほど大声を出さなくても、入ってきたサーシャとリュシアの声が響くのだった。
「本当?……良かった。」
 男のサガなのか、思わず息を潜め、隣の声に耳を澄ます。
「タオルで隠せるとは言っても、これだけ大きいと完全には隠せないものね。あまり人目にさらして良いものではないしね。」
 そんなサーシャの言葉に思わず不埒なことを考え、顔を赤くする。
「そんなことない…綺麗よ。」
「いやね、そんなことないわ。最初は小さかったのにどんどん大きくなって来ちゃって困ってるのよ。うっとうしいし。 最近ようやくこれ以上大きくならないみたいだけれど。」
「……ねぇ、サーシャ。ちょっと、触っても、いい?。」
 男二人は思わず微妙な表情で顔を見合わせる。
「え?どうして?…別に、いいけど……。これでいい?」
 わずかな衣擦れの音と、リュシアが近寄っていくのか、水音が上がり、
「とっても綺麗だから……。……痛い?」
「ううん、痛くないわ。優しく触れてもらってるし……気持ちいい。」
「良かった。……でも、近くで見ると、やっぱり痛そう……。」
「最近血は出てないし、痛みももう慣れてるから気にならないのよ。」
「それでも、やっぱり綺麗ね。この聖痕。」
 ばしゃ。
 男二人は同時に水面に顔を思いっきりぶつけた。
「……出るか。」
「……そうだね。」


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