明日で剣が完成するという。
 おそらくその剣は、トゥールにしか装備できない剣になるだろう。かつて存在した王者の剣よりも、より強力になって。 サーシャにはそれが分かった。
 黄昏時の今は、皆夕餉の準備などで忙しく、温泉客はいないと分かってから、サーシャはこの時間に温泉に通いつめていた。 空が見える広いお風呂にゆったりと浸かる、ということが気に入ったのだった。
 お湯に浸かりながら、ぼんやりと空を眺めていると、なにやら頭がからっぽになるような、天地が自分の物となるような そんな気にさえなる。
 こんなにゆったりできるのは、今日が最後。明日はおそらく、塔に登りルビス様を救いに行くことになる。
 それは、とても嬉しいことだ。恐れ多いけれど、もしかしたらルビス様に拝謁できるかも知れない。
 それでも、ほんのわずかに。
(怖い……。)
 良いことのはずだとわかっているのに。もうその怖さを乗り越えたと思うのに。やはりどこか怖い。この『怖さ』が 一体どこから来るのか。
 サーシャは頭を振る。
 ルビス様が解放されるのは喜ばしいことなのだ。一刻も早く、お救いして差し上げなければならない。それが世界の 為であり、トゥールのためにもなるのだと、分かっているのだから。
(……駄目ね、ゆとりがあると。)
 サーシャは立ち上がり、湯船から出ようとして、ふと考える。
 いつも手前に座ってのんびりしていたが、この湯がどこから沸いているのか、この大きな温泉の中で、まだ見たことがない。 おそらく奥の方にあるのだろう。
 せっかくだから、それを見ていこう。そんな子供心に突き動かされ、サーシャはタオルを巻きなおして、湯船の中を進んで 行った。

 湯は少し山の上から沸いているらしく、奥は小さな滝のようになっていた。ごつごつした岩がいくつも並んでいて、そこまでは 近づけそうにない。
 それにしぶきや湯気がもうもうと上がっていて危険だとわかったので、サーシャはここで諦めることにした。
 そうして、帰ろうとしたときだった。
(…なんだろう……。)
 目に入ったのは、岩を超えた向こう側。温泉の外側ある生垣。その中でも少し遠くにある一本の木。その根元が妙に気になるのだ。
 なんの変哲もない地面に見える。だが、どこか輝いているような…?
 サーシャは吸い寄せられるように、慎重に岩を超え、湯を切ってそちらに向かう。
 温泉から乗り出すようにその地面を掘り始めた。


(やっぱり、何か……?)
「うわ!!何でこんなところに!?」
 そんな声に振り向くと、手で顔を隠して驚いているセイが立っていた。タオルで下半身を隠しているものの、まったくの裸体で サーシャも思わず身を引く。
「ど、どうしてセイが?!」
「どうしてって、お前、ここ男湯だぞ?!」
「え?!」
 ふと振り返ると、そこは覚えがある方向と反対側に、木の塀があった。どうやらあの岩のあたりには塀がなく、気づかず 越えてしまったらしい。
「どっから来たんだ?とにかく他の客が来る前に帰れ。」
 サーシャは頷くと、急いでセイを背にして元の場所へと歩みだす。
「あ、セイ、ちょっとそこにいて!」
 急いでそういい残し、サーシャは先ほどの岩を目指し始めた。

「そうして世界の全ては精霊女神ルビスの慈愛から作られた。精霊女神の加護と祝福はこの世界に生きる全ての者に捧げられた、 か。」
 うろ覚えの聖句。そんなものを久々に見たのは、去り行くサーシャの背中だった。
 タオルで隠れてはいたが、それでもその背中にある大きな生々しい傷、聖痕は初めて見たセイには衝撃だった。
(女の体に、あんなもんな……。)
 それでも、リュシアが言うとおり、綺麗だというものわかる気がする。
 大きな十字架と四つの翼。それを囲う月桂樹。その下に、水滴。そして、星、太陽、月、命のシンボル。世界の 全てがそこに印されていた。
 あくまでも華奢なで、かつ情欲的な体つき。奮い立ちたくなるように思うのに、それは、体全てが清められているように 美しかった。

 ようやく女湯について、サーシャは息をついた。
 そうして、思い返す。長い間旅をしているが、当然ながらセイの裸体を見た事はなかった。上半身くらいなら見る 機会もありそうだが、トゥールもセイもきちんと女性の前でのマナーを守っていた、と思っていたのだが。
(あんなに、たくさん……。)
 体中にあった、古い傷跡。切り傷ややけどのような物もあった。
 今までの戦いではない。傷は全てサーシャやトゥールがすぐに治している。
 そうすると、それより前になる。盗賊団の時ではないだろう。大きな盗賊団で、お抱えの僧侶がいないとは 思えない。つまり、回復できる人がいない時にできた傷だ。
 そうすると、一人旅をしていた時だろうか。薬草ではおっつかない傷もあったかもしれない。
(それでも、多分……。)
 分かっている。おそらくあの傷は、もっとも愛されるべき人間からつけられた傷なのだと。
 聞いてはいた。知っているつもりだった。それでも真にわかってはいない。いや、おそらく一生わからないだろうし、 セイもわかって欲しいとは思わないだろう。
”白く生まれて良かったとは言う気はまぁないが、これでも今を結構気に入ってるんだ。”
 サーシャにできる事は、せめて、もっともっと『今』を気に入ってもらえるように、楽しくいられるようにするだけなのだ。

 ひとしきり落ち着いて、サーシャは塀の向こう側に声をかける。
「セイ……。いる?」
「あ、ああ、なんだ?っていうか、なんであんなところ掘ってたんだ?」
 まるで女神のように美しい人物が、身を乗り出して土を掘っているところは、若干滑稽ではあった。
「それが、その、なんだか妙に気になって……。あの、ちょっと、レミラーマ、してみてくれない?」
 サーシャにそう言われ、セイは言われたとおり呪文を唱える。すると。
「……光った?!……ちょっと待ってろ。」
 セイは地面を湯でぬらし、掘り始める。すると、そこから美しい笛が出てきた。
「……なんか、笛だ。……吹けねーぞ、詰まってるのか?」
 ためしに吹いてみるが、どこを触って息を吹きかけても、音が出る様子がない。そのままサーシャの方へと投げる。
「……これ、……多分、これだわ。」
「何がだ。」
「妖精の、笛……魔の力を奪うことができる笛。これがあれば、多分、ルビス様を助けることができると思うの。」
 そう言ったサーシャの声は、若干震えているような気がした。


 芦彦さんの話はこれ参照。セイの過去話です。
 白銀を書いたときから、出したくてうずうずしていた夫婦をついに出せました。わーい。セイも嬉しかったと 想いますが、それ以上にあの夫婦はきっと嬉しかったはず。

 後半悪乗りしました。すみません。
 ふざけてるのはラストだけの予定だったのですが。せっかく温泉だから「温泉でばったり☆大作戦」にしようと 予定を変更した(本来はトゥールとサーシャが湯上りに見つける予定だった)のですが。
 どの組み合わせにしようかと考えたとき、セイだけ聖痕を見たことがないのでこうなりました。しかし それだけのはずだったんだが…。
 いいよね、こういう勘違いネタって。まぁ、ようするに微エロですみません。…しかし僧侶と魔法使いの 百合ネタって需要あるのかしら。

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