まるで射抜くような鋭い目。トゥールはサーシャをにらみつける。 「何言ってるのよ、トゥール。」 サーシャは呆れたように言う。それは本当に、いつもどおりだった。だが、トゥールは更に糾弾する。 「お前は誰だ。お前はサーシャじゃない、僕の知ってる、サーシャじゃないんだ!!」 「トゥール……?どうしたのよ。誰って言われても…。サーシャ=ファインズとしか言いようがないんだけど…。」 セイとリュシアは何も言えずに二人を見ていた。錯乱しているトゥールとは裏腹に、トゥールの 言葉に困惑しているサーシャに何も変わった様子はなかった。 「さっき、僕の手を引いた。サーシャなら、そんなことしない。絶対に、僕には……。」 トゥールのにらみつけるようなその言葉に、二人の目も変わる。 その雰囲気を感じ取り、サーシャは困ったように叫んだ。 「もう!別にトゥールに触れるのは初めてじゃないでしょう!?ギアガの大穴に飛び込んだ時だって……! 私だって、色々考えてるんだから。なのにそんな風に言わなくてもいいじゃない!」 確かに、サーシャは最近変わり始めていた。トゥールのことを褒めることも多くなり、トゥールに対しての とげが抜けていっているのを感じていた。 だが、トゥールはまるで駄々っ子のように首を振る。確信したのだ、今の一言で。 「違う、お前はサーシャじゃない!……知らないくせに!!あの時、あの時のサーシャが、どれだけ僕を怖がってたか、 どれだけあの手が震えていたか…、知らないくせに!!サーシャの顔をするな!!」 「トゥール、トゥール、私、そんなつもりじゃ……。私のこと、嫌いなの?」 「僕達は、そんな関係じゃなかった!そんな風に、気軽に触れ合える関係じゃ、なかった!!」 どれだけそれを望んでいたか、望んで望んで、苦しいほどに切望していたトゥールだからこそ、確信できる。 ここにいる、サーシャの皮をかぶったものは、サーシャじゃない。 「サーシャを返せ!!」 トゥールは声の限りそう叫んだ。憎しみすら込めて。 リュシアとセイは戸惑いながら二人を見ていた。 どちらがおかしいかと言われれば、トゥールだろう。サーシャはいつもどおり変わらなく思える。もちろん理不尽なことを 言われて戸惑っている様子はあるが、それも二人が知っているサーシャの範囲を出ていない。 「トゥール、大丈夫?」 「落ち着けよ、トゥール。」 「セイ、僕は別に錯乱していない。ここにいるのはサーシャじゃない、別の誰かだ。」 怒りと憎しみがこもった声。そんな声は今まで聞いたことがないほど深かった。 「いまさら、誰かもないもないだろ。お前は。」 そんなトゥールを軽くいなすセイに、サーシャは息を吐いて安堵した。 「なぁ、精霊ルビスさんよ?」 セイがそう話しかけるまでは。 「セイ……?」 サーシャはきょとんと目を丸くする。 「サーシャの背中にあんなもん刻んでおいて、封印が解けたとたんに別人になったとあったら、他にいねーだろ。…いや? もう一人可能性はあるな。その封印をしでかした張本人さんって可能性もな。」 セイは軽い口調で、だが厳しくにらむ。そして、その横で、リュシアもサーシャをにらんだ。 「……本当のサーシャはどこ?」 「どっちかは知らねーが、一体何が目的なんだ?……まぁ、よからぬ目的の事は確かだろうな。」 「セイとリュシアまで……。私、そんなに違う?同じなつもりなのに……何が違うって言うの?」 困惑するサーシャに、リュシアが小さく言う。その眼は、静かながらも強い意志を秘めた眼だった。 「……一緒に見える。普通に見える。でも……わからないけど……わからないけど、いつもどおりのサーシャだから、 わたしは、トゥールを信じるの。」 「良く、意味が分からないわ……?」 「本物のサーシャなら、トゥールにそう言われたら、まず自己を省みるだろうってことだよ。」 セイが横からそう、口を出し、爪をサーシャに向ける。 笑みが浮かぶ。確信できたことが嬉しかった。正しいのがトゥールだと。 そう、リュシアの言うとおり。今のサーシャなら、不安に思うはずなのだ。自分が変わってしまったのではないかと。 ここにいるのは、自分が自分だと確信できる『偽者』だった。 「ま、どういう奴にせよ、サーシャに取り付いて俺達の中に入り込もうなんざ、ろくな奴じゃない事は確かだな。 ……ここで消した方が憂いが少ないはずだ。」 「……私を、殺す気……?」 「できるはずがないなんて思うなよ。トゥールやリュシアや、本物のサーシャにはできないだろうが、俺には できる。」 セイは自信満々にそう言う。突きつけられたその爪の威力は良く知っていた。 「……トゥール、トゥール、助けて、私、私……。」 そうか細い声で助けを求められるのが、トゥールには憎かった。 「本当のサーシャを返してください。僕の望みはそれだけです。」
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