三人にそう詰め寄られ、サーシャは息を吐いた。
「私が……私が本当のサーシャよ……。」
「違う!ごまかさないでくれ!!」
 そう怒鳴るトゥールに、サーシャは堂々と眼を向ける。
「違わない、ごまかす気もないわ。本当の、私が、私こそが本当のこの体の持ち主。コラード・ファインズと ステラ・ファインズからこの体を受け取った本来のサーシャよ。」
「なに、を、言ってる、んだ……?」
 今までの戸惑った様子とは違う、何か覚悟したかのような態度と、そして言葉にトゥールは 乾いた口でそう声を震わせる。
「……そう、確かに私は今までのサーシャとは少し違う。今ここにいるのは、貴方が助けてくれた、ルビスの 意識。魂の一部。私こそがこの体の本来の持ち主よ。」
 そんなトゥールに、サーシャの体をした精霊ルビスは、サーシャの口調のままそう告げた。


 少し潤んだ眼。少し困ったように笑う顔。誰もがとろけてしまいそうなその姿に、トゥールは 首を振って叫んだ。
「そんなことよりも……そんなことなんてどうだっていい!サーシャを……、サーシャを返してください。」
「……ごめんなさい、できないの。」
「できないって!貴方はルビス様なんでしょう?なら……、」
「トゥール、確かに私は精霊ルビスだけれど……全能ではないの。草花は言葉を発することができないように、 人が千年生き続けることができないように、私にもできないことがある。私が万能であるなら、人を生み出す 必要はないのだから。私は彼女を還れるようには作らなかったの。」
「そんな、勝手は…んん!」
 トゥールの叫びは途中で止められる。セイが口をふさいだのだ。そしてセイはわざとらしく息をはいて、 トゥールと一緒に祭壇に座り込む。
「自称精霊ルビスさんよ、一体何の魂胆でこんな手の込んだことをしようとしてるのか、一から 話してもらおうか?」
「そんな話を聞いてどうするんだよ!」
「落ち着け。聞かないと分からないだろ。こいつが本当にルビスかどうかわからないんだからな。魔物ってのは 化けて騙すもんだ。」
 セイの反対側に、リュシアが座る。ぽんぽんとトゥールの背中を叩いた。
「リュシア、サーシャの友達。大切なの。……だから、聞こう?」
「……ごめん。」
 トゥールはそれだけ言うと、そのままうつむいた。そんなトゥールに、いたわりの声をかけるルビス。
「ごめんなさい、トゥール。貴方を苦しめるつもりはなかったの。」
「そう思うんならせめてその口調はやめてやれよ。オーブの時の声は、あんたなんだろう?今の話し方は サーシャの話し方だ。」
 鋭くセイにそう言われ、ルビスは困ったように首をかしげる。そのしぐさも、サーシャそのままで、 セイは苛立ちを覚えた。
「確かにあれは私だけれど……話し方っていうのは体に影響されるから……、あの時のように 一瞬降りるのと、今のようになじんでいるでは色々違うから……難しいわ。」
「じゃあ、サーシャのよそ行きの話し方でいい。なぁ、あんたが精霊ルビスなら、俺は恨み言が 死ぬほどあるんだ。けど今は言わないでやる。キリキリ話してもらおうか。」
 そう言われ、ルビスは寂しそうに頷いた。まるでサーシャを責め立てているようで、かつてよくそんな風に サーシャと話した遠い思い出が蘇り、セイも辛くなった。結局あの時散々 話した真相を、こうして別人から聞かされることになるのだと。


「最初に、この世界を創った……創りました。」
 どこかぎこちなく、ルビスは語り始める。
「小さくても清らかで緻密な世界を。完成した輝く世界を創りました。それがここ、アレフガルドを内包する 下の世界。初めて創ったこの世界の子供達に私は加護を与えました。……やがて、この世界を狙って魔物がやってきました。私は 魔物からこの世界を守り、人が自らで守れるように、力のある武器を与えました。……そうして気がついたのです。 常に守り、加護を与えてきた人間が、完全なるこの世界が、完全であるがゆえにとても脆く、弱いことに。 自らの手でこの世界を守ることが出来ないほど。私は……守りすぎていた。」
 この世界で出会ってきた人々を思い出す。
 ルビスを求めて集まってきた、メルキドの人間。絶望したラダトームの王族。
「だから私は未完成でも柔軟性がある、強い世界を創りました。トゥール、貴方達の世界。私の加護がなくても、 自分の力でこの世界を守り続けられるように、と。」
 その言葉を言うルビスの顔は、確かに『サーシャ』ではなく『ルビス』の顔をしていて、トゥールは 安心したような、泣きたくなるような不思議な気持ちになる。
「そうして、自分達で世界を守るために、その手助けとして、 加護のない中でも強く育った人間に、加護を与えました……それが『勇者』です。」
 サーシャの姿をしたルビスは、トゥールをじっとみつめた。

 そのどこか切ない表情に、それがサーシャでないとわかっていても、胸が痛む。トゥールは眼をそらして わざとそっけなく言った。
「それで、どうなんですか?」
「やがて、この世界にゾーマが現れ、私はこの世界を守ろうとしましたが、その力及ばす、ギアガの大穴を 開けられました。そうして私は、あの魔王を私の手では守りきれず、やがて封じられてしまう未来が 見えてしまった。このアレフガルドは魔の闇に飲まれ、上の世界もやがて魔に堕ちることがわかってしまいました。」
 哀しそうに言うルビスに、トゥールはうつむきながらも心でにらんだ。知りたいのは、そのことではない。もっと、 もっと違うことだ。
「この世界の人々……加護を与えた人間から生まれた強い者では、決して魔族たちには適わない。 生まれる前から加護を与えて育った人間は、神々の加護に頼り、弱ってしまったから。ですから私は 貴方達、勇者にそれを期待しました。ですが、分かってしまいました。 強く育った人間に加護を与えてた勇者でも、ゾーマには届かないことが。……ですから私は考えました。 強い人間に、強くなりうる魂を持ちえた人間に、生まれる前から加護を与えようと。そうして、 あの三の儀式が生まれました。生まれる前、生まれてから、成長してから加護を与えること。そうすることで、 やがてゾーマを倒してくれることを期待しました。……ですが、やはり届かなかった。貴方のお父様も、 他の勇者も、ゾーマの進行を食い止める魂を持ちえても、ゾーマまでは届きませんでした。でも、 貴方が生まれてくれた。」
 そう言って、ルビスは本当に嬉しそうな笑顔を見せた。それは本当の、女神の笑顔。
「もう、まもなく、力費えて封印されてしまうときに、貴方の魂がこの世に来たことを感じたわ。より強い、強く ありたいって思う心。私は、貴方が最後の希望だと、貴方は今までとは違う、貴方ならやってくれる、私を 救ってくれると、そう感じたの。……それでももしかしたらあと一歩、届かないかもしれない。それに、もしゾーマを打ち倒して くれても、また同じことの繰り返しになってしまう。貴方はただ、一人だけ。そうして人として生まれた 以上100年の命しかないから。次に滅んでしまっては意味がないわ。だから私は、一つの鍵を地上に送ることにしたの。」
「鍵?」
 セイの言葉に、ルビスは頷く。
「その鍵は、扉を開く鍵じゃないの。道を開く鍵。この世界まで、私の前まで通す鍵よ。 貴方を守り、導く鍵。私は、トゥールの近くに、もうじき生まれる信心深い夫婦から子供を譲り受けて、 そこに鍵を宿らせた。それが、あなたがサーシャと呼ぶ、……神の道具。『聖なる守り』よ。」


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