終わらないお伽話を
 〜 かけら 〜



 手付かずのサンドイッチを見て、セイはため息をついた。
 持ってきたポタージュスープとパンを、サンドイッチと入れ替える。室内には香ばしいパンの匂いと、優しい スープの匂いが漂うが、部屋の持ち主は見向きもしなかった。

 あれから、三日が経った。
 あの後、トゥールはルーラでマイラに飛び、長期滞在していた四人の部屋をもう一度取った。そして サーシャをベッドに寝かせると、ベッドの隣の椅子に座り、まるで一時たりとも眼を離すまいと、じっと サーシャを見守っていた。
 三日間、食事も睡眠も取っていないのだろう。見かねてセイが代わろうと提案しても、無言で首を振るばかり。 強引に取って代わろうかとも考えたが、近づくと殺気にも似た怒気を感じ、セイは結局食事を運ぶだけに留めていた。
「……あったかいうちに食えよ。」
 セイの言葉に、トゥールは凍ったように反応せず、ただじっと、死んだように眠るサーシャを見つめていた。


 そうして、あまったサンドイッチと、二人分のスープとパンを持って、ちょっと 離れたところにある、別の部屋へと向かう。これもすでに習慣になっていた。
「リュシア、入るぞ。昼飯持ってきた。」
 ノックをしてそう呼びかけても、返事はなかった。しばらく待って戸を開ける。
 リュシアは灯りの下で、熱心に何かを読んでいた。よほど集中しているらしく、こちらに気がついていないようだった。
 料理をテーブルに置き、側に寄る。読んでいるのは本ではなく、なにやら長い紙のようだった。
「リュシア。」
「わ、わわわわわわわ。」
 耳元でささやかれ、驚いたリュシアが、持っていた巻物を床に落とす。
「あ、セイ。あ、あの、ごめんね。」
 なにやらあせったリュシアに、セイは少し驚きながらも、興味本位でその巻物を拾い上げる。 意味不明な文章が並んでいる。
「何故花は美しく咲くのか。何故風は吹き、大地を撫ぜるように流れていくのか。雲はどこまで駆けていくのか…、なんだこりゃ。」
「悟りの書。」
「ああ。」
 そう言われると、なんとなく納得する。リュシアは申し訳なさそうに言い訳をした。
「あのね、何か、サーシャの手助けになるようなこと、書いてないかなって思ったの。それで、読んだら面白くて……。」
「これが面白いってのは凄いな。俺にはさっぱりだ。……飯食えるか?」
 セイの言葉に、リュシアは悟りの書を片付けた。二人は向かい合って食事を始める。

 リュシアは少し乾いたサンドイッチに眼をやった。
「……食べなかった?」
「ああ、相変わらずだ。……気持ちはわかるがな、いつまでもあのままにしては置けないだろうな。」
 病気であれば、静養すればよくなるだろう。だが、おそらくあのまま寝かしておいてもサーシャは回復しない。そうして 気が済むまでトゥールをあのままにもしておけない。ゾーマはいまだ健在で、闇が空を覆っている。塔の話からすると、おそらく ルビスはゾーマには勝てないのだろう。このままでは、やがてゾーマに世界は滅ぼされるだけだ。
 だが、かといってサーシャを置いて戦っても、おそらく勝てない。心を他所に置いたままで勝てるほどたやすい相手では ないだろうし、サーシャがいないことも戦力に大きな影響を及ぼす。
「……どの道、このままじゃジリ貧だ。なんとか、しないとな。」
 リュシアは頷く。なんとかしなければならない。けれど、そのなんとかが分からない。サーシャを 取り戻す方法。そんなものがあるのだろうか。
 ない、とルビスは言っていたのだ。他でもない創造神ルビスが。
 サーシャは聖なる守りだった。すでにサーシャはルビスの中に溶けてしまったと。 もう二度と会えないと。……たとえ死んでしまっても。
 いくつもいくつもサーシャとの思い出が蘇る。
 思い返せば気づくきっかけなんて、いくらでもあったのに。それでも、神の導くままのここへとたどり着き……こう なってしまったこと。
 リュシアもセイも、ずっとそのことをループしながら考えていた。
「……とりあえずそろそろ体もやばいだろう。明日には強引にでも食わすつもりだ。魔封じの杖があったろ。」
「押さえ、つけるの?」
 リュシアが驚いて顔をあげると、セイは苦々しく笑った。
「まぁな。さすがに体を壊す。あんまりいい気分じゃないが……これは俺にしかできないだろうからな。俺にしか出来ることが あるならやるべきだ。」
 リュシアはその言葉に、勢いよく椅子から立ち上がり、悟りの書を広げた。
「な、なんだ?」
 リュシアはじっと読んでいく。そうして最初から最後まで読み置いて、悟りの書を置いた。
「セイは凄い。」
「だから、なんだよ?どうしたんだ?」
「リュシアに出来ること、リュシアにしかできないこと。分かった。今、やるべきこと。」
 そう言うと、もう一度椅子に座りなおす。
「食べる。ちゃんと食べて、それからトゥールのとこ行く。……セイも、一緒に来て?頑張るから。」
 リュシアのその気合の入った言葉に、セイは三日ぶりに笑顔を見せた。
「ああ、付き合わせて貰う。頑張ろうな。」


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