眠りの森のお姫様のようだった。 サーシャはただ、ベッドの上で眼を閉じている。 ほのかな薔薇色をしていて、唇は桜色。とても死んでいるようには見えない。声をかけたらいつもどおりの 声で、話しかけてくれそうな気さえする。 それでも、トゥールは声をかけることができなかった。ただひたすら、じっとサーシャの様子を 見つめ続けることしかできなかった。 もし、声をかけて起きてきたら。 今度は本当にその人物が『サーシャ』だと確信できるだろうか?もしまたルビスで、サーシャの真似をしたら? ルビスは自分に謝っていた。きっと悪気はないのだろう。だからもうあんな真似はしないと思うが……わからない。 だって、同じだったのだ。事情を語るルビスの表情も、声音も。まるっきりサーシャだったのだ。まるで本人のように。 ……いや、本人なのだ。そう言っていた。体も、そして心も……。 (違う。) トゥールは怖かったのだ。あの、サーシャそのままで話すルビスが、あまりにも『サーシャ』であったことが怖かった。 リュシアが『エリューシア』と名乗ったときは、同じ声でも全然違うと感じた。なのに、『サーシャ』と名乗った ルビスは、まったく同じに感じたのだ。 サーシャは自分に『忘れないで』と言った。なのに、あのまま目の前で話し続けられたら、本当のサーシャを上から塗りつぶされて しまいそうで。忘れてしまいそうで。 今も胸に響くこの声が、果たしてどちらの声なのか。 (ずっと、怖がってたのに。) サーシャがどこまでこの事実を認識していたのかは知らない。けれど、自分と触れ合うことを怖がり、忘れられることを怖がった。 そうして、今、一番サーシャが恐れていたことが起こっている。 思い返せば、色んなことが今の事態につながっていたのに。結局なにもできなかった。自分のために、自分のせいで、 サーシャは今、こうして眠りについてしまった。 たった一言も別れを交わせず、消える瞬間、悲鳴を出すことも許されず、サーシャは溶けてしまった。 そうして、今も何も出来ない。起こすことも触れることも。ただ、自分に出来るのは、サーシャの望みどおり、 かつてのサーシャをずっと思い起こし、わびることだけ。 (勇者なんて、なんでこんなに無力なんだ。……何もできない。僕のせいで、僕のせいでこんなことになったのに……。) 声が聞きたかった。サーシャの声が。なのに、それももう、遠い。ともすれば、最後に語っていたルビスの声音にすり 変わってしまいそうで、恐ろしかった。 会いたい。声が、聞きたい。 「何をしてるのよ、この馬鹿トゥール!!!!」 弾かれたように声のするほうをふりむいたせいで、トゥールは椅子から転げ落ちた。 声の持ち主は、畳み掛けるようにトゥールに近づいて言葉を発する。 「ただでさえ未熟なんだから、こんなところでくすぶってても仕方ないでしょう?オルデガ様には遠く及ばないにしても、 一応勇者の称号があるんだから、しっかりしなさいよ、泣き虫トゥール!!」 一気にそれだけを言って、荒い息をする相手を、信じられないように見つめた。 「リュ、シ、ア……。」 顔を真っ赤にしたリュシアが、いつもの水滴が落ちるような声音で口にする。 「……サーシャなら、きっとそう言う……。」 「……サーシャ、かと思った……。」 トゥールは自分の手が、震えていたことに気がついた。その手で顔を覆い、うつむく。リュシアはひざまずき、その手をそっと取り、 自分の胸に当てた。 「……わたしの中にも、いる。サーシャが。生まれてずっと一緒に遊んできて、一緒に旅をしてきたサーシャが 、ここに生きてる。」 「リュシア……。」 「トゥールは、リュシアのこと仲間だって、友達だって認めてくれないの?」 「そんなこと、あるわけないよ。」 「じゃあ、どうして、一人でいるの?サーシャのこと、見てるの交代しないの?」 リュシアに凝視され、トゥールは断罪する咎人のように目をそらす。 「僕の、せいじゃないか。僕が、僕と一緒にいるために、サーシャはこんなことになって……思い返したら、いくらでも 助けられたのに。あの時、一緒にアレフガルドなんかに来なかったら、一緒に旅になんか出なかったら……。」 「ちょっとは目を覚ませよ。お前一人のせいだっていうのか?」 そう言ったのは、横から現れたセイだった。セイはトゥールの胸倉を持ち上げ、立たせる。 リュシアのあまりにもらしくない発言に、セイも正直放心していたのだが、ここまできて、 ようやくリュシアの意図がつかめたのだった。 「そうだよ、だって……!」 トゥールは皆まで言えなかった。セイに顔を殴られたからだった。 「お前、リュシアが何を言いたいのか分かってないのか?」 「だって、全部僕のせいだ!!僕がいなかったら、こんなところまで来なかったら、サーシャは!!」 「サーシャをここまで連れてきたのは、リュシア。」 立ち上がって言うリュシアの言葉に、興奮したトゥールの頭が冷えていくのを感じた。 「でも、それは、」 「ずっと一緒にいて、旅をしてたのは、トゥールだけじゃない。リュシアも、セイも。いっぱい話した。でも気がつけなかった。 トゥールだけじゃない。トゥール一人のせいにして、リュシアとサーシャが一緒にいたこと、なかったことに しないで。わたしは、サーシャの友達なの、仲間なの。それを取り上げないで。」 「心配する権利は俺達にもあるはずだ。違うか?」 ”トゥールは攻撃魔法も回復も戦うこともできるけれど、私たちはいらないの?” ぽろりと、トゥールの眼から涙がこぼれた。それはやがて大きな涙の雫となり、ぼろぼろとあふれ出す。 トゥールは座り込み、本格的に泣き始めた。 ルビスの中に溶けたサーシャの欠片はここにもある。 「……ごめん……二人とも、ごめん……。」 |
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