泣いているトゥールを、リュシアは初めて見ていた。
「……出来ること、少ないよ。リュシアも、セイも。でも、できること、させて。トゥールも、トゥールにしか できないこと、あるはず。だから、しよう。」
「でも、……リュシア、セイ、僕、もう、……何をすればいいか、わからないんだ……どうしたら、サーシャを 助け、られるか、なんて……。」
「そんなの俺達だってわかるかよ。でもな、トゥール。お前が何をすればいいかは分かるぞ。」
 トゥールはいまだしゃくりあげながら、セイを見た。
「何、すればいい?」
「食って寝ろ。」
 簡潔なセイの答えに、トゥールは目をこする。涙を強引に止めようと何度も目をこすった。
「でも、セイ、サーシャは何も食べてないんだ。なのに、僕が食べたら、僕のせいなのに……。」
「今、俺達は何をすればいいかわからん。だがな、お前、もし今サーシャに何かあったら、ちゃんと体動かせるか? 助けにいけるか?なによりそんなんじゃ、それこそ何にもいいアイディアが浮かばねぇだろ? そうやって体を整えるのも、すべきことなんじゃないのか?」
 トゥールの目から、うろこの代わりに再び涙が落ちた。
「サーシャのことは、わたし達に任せて。トゥールはちゃんと寝て。」
 トゥールは小さく頷いた。
「ごめん、ありがとう。……お願い。……ありがとう。」
 トゥールはふらふらと立ち上がり、一礼をして部屋を出て行った。自分の部屋に戻り、ゆっくりと休息するために。


 セイはリュシアの背中をぽん、と叩いた。
「かっこよかったぞ。」
 そう言うと同時に、リュシアの体が沈む。
「……緊張した。」
 心臓はまだ、ばくばくと音を立てている。なれないことをして、なれないものを見て、リュシアは疲労していたが、 これからが本番なのだった。
「俺もびっくりしたぞ。でもまぁ、寝てくれるようでよかったよ。」
「お願いがあるの。」
「なんだ?」
「サーシャを、座らせて欲しいの。」
 突然そう言われセイは面食らったが、サーシャを抱き起こし、クッションを背中と壁の間に敷いて、サーシャをベッドの上に 腰掛けさせる。
「……これでどうするんだ?」
「わたしにしか出来ないこと、やってみるの。」

「リュシアにしか、できないこと?」
 セイはリュシアの言葉を反復する。リュシアは頷いた。
「ルビス様は言ったの。サーシャは心の闇に溶けたって。人間が大地の闇に還るように、心の、魂の奥深くの安寧の場所に いるって。」
「ああ、なんかそんなこと言ってたな。」
「リュシアも行ったことがある。エリューシアがいたとこ。とっても気持ちよかった。…リュシアも行けないかなって、 サーシャの心の闇の中。」
 リュシアの言葉に、セイは目を丸くする。
「できるのか?そんなこと?!」
「……わからない。でも、ルビス様はなんでもできるわけじゃないって。ルビス様にできないことでも、人ならできるって。 精霊王がいるのも、きっとルビス様にできないことでも、精霊王ができるから。……闇はわたしの専門なの、セイ。」
 そう言って、リュシアはにっこり笑った。懐からずっと持ち歩いていた、あの小さな木片を取り出す。それは 文字が読めないほどあちこち焼けていたが、二人とも何が書いてあるかはよく分かっていた。
「わたしに出来ないなら、誰にも出来ない。今、闇の精霊は、わたし……エリューシア=ハギア=メドゥ=エレブスただ一人だから。 だからやってみる。どうすればいいかもわからないけど、やるだけやってみるの。」
 そういうリュシアは、言葉に出来ないほど、美しく輝いていた。セイは一瞬それに見惚れた。
「……頼む。俺は、応援しかできないけど。」
「セイはセイのできること、やってくれた。リュシアにもこのこと、教えてくれた。リュシアが行っている間、 サーシャとトゥールのこと、お願い。」
「ああ、サーシャのこと、頼む。俺は信じてるよ。お前がサーシャに会えること。」
 リュシアはこくりと頷く。サーシャのの側にひさまずき木片を握り締めると、額に額を合わせて目を閉じた。
 セイはそれを邪魔しないように、少し遠くに、だが、何かあったときには駆けつけられるような場所に椅子を置き、 二人を見続けるために椅子に座り込んだ。


 ついにここまで来ましたね。
 しかし実際のところ、ルビス様とか他の精霊さんとかはトゥールを美化しているように思えて しょうがないのですが。……結局のところ、トゥールはこの程度の普通の少年です。ただ、この程度の普通の 少年がここまでやってきたことにこそ、トゥールの価値があるのかな、と蒼夢は思っています。
 眠り姫編はもうちょっと続きます。

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