心の闇は、奥の奥。誰にも誰にも触らせない場所にある。
 そこは、本当の根底の場所。安らぎと不安。良いことも、悪いこともそこから生まれる人々全ての故郷。
 だからこそ、人の魂はルビスのそこへと還り、やがてまた生まれ還るのだ。

 不安はあった。だが、それを押し殺す。できるかではない、やるのだと。
 自分の心の闇を、エリューシアを感じ取る。そのエリューシアと重なり、世界を視た。
 周りから全てを食い殺さんとする、大きな大きな闇を感じる。
 それをあえて無視し、もっともっと集中する。どんどん小さく、絞っていく。
 そうして、ようやくきらりと『光る』闇を見つけると、リュシアはそこへと手を伸ばした。


 少し湿ったような空気。包み込むような気配。ゆらゆらと海のように揺れる。
 サーシャは、ほとんど眠るような意識の中で、溶けるまでの間、これまでの人生を回想していた。それは まさしく走馬灯と言えるものだった。


 その走馬灯に現実の声が割り込んだ、気がした。
(……?)
 そんなことはありえない。なぜならここは、ルビス様の”えな”の中で、自分はそれに溶けゆく道具なのだ。
 ”…ャ…シャ…”
 あるわけがない、聞こえないはずの声が聞こえた気がした。……それでも、今、自分がこうして意識が あること自体がありえないことだ。
(きっと、ルビス様の、贈り物なんだわ……。)
 たとえ、魂だけの存在になっても、この声の持ち主を忘れるわけがない。最後の最後で、自分はこの声に送られて消えるのだと 思うと、本当に心の底から安心できると思った。
 ”サーシャ……サーシャ……”
 本当に暖かな声だった。大好きな、大好きな声。
(リュシ、ア……。)
”サーシャ!!”
 とたんに声のトーンが変わった。
”サーシャ、サーシャ、いるの?いるの返事して、サーシャ!!”
 まるで半狂乱のように叫ぶ声に、サーシャは驚く。
(リュシ、ア。どうしたの?ルビス様の贈り物ではないの?リュシアなの?)
”サーシャ、声、聞こえない。もっと、もっとリュシアのこと、呼んで…、いるの?”
 それは悲痛な声。だが、それに答えたくても、サーシャにはすでに喉も口もない。だから、精一杯思った。
(リュシア、リュシア、リュシア!)
”サーシャ、いるの、いるのね?”
 その声が、本当に嬉しそうに変わって、サーシャも今の状況を忘れて嬉しくなった。
”サーシャ、お願い、リュシアに手を伸ばして。リュシアを呼んで。じゃないと、リュシア、サーシャが見えないの。”
 そんなことを言われ、サーシャは困惑する。
(そういわれても……、だって私には今、魂しかないの。顔も、目も鼻も口も耳も、腕も足もないの。この 意識しかないのよ。)
 サーシャがそう思うと、声のリュシアが笑った、気がした。
”そんなことない。だって、リュシアの声が聞こえてるなら、耳があるはず。”
 そう言われたとたん、サーシャに耳が出来た。
”リュシアが声、聞こえる。だからきっと口だってある。だから、視ようとしてみて?目もきっとあるよ。 リュシアの顔、覚えてる?”
 忘れるわけがない。16年間ずっと側にいたのだ。
 輝く美しい黒い髪、こぼれそうなほど大きく、愛らしい目。小さくすんなりとした鼻。ピンク色の小さな口。 年よりもずっとずっと幼い顔だちなのに、そこに浮かべる表情は時々、驚くほど強く美しい。かと 思えば、折れてしまいそうなほど弱弱しい。どれも忘れない、大切な友達。
 それを思い浮かべて『目を開ける』と、目の前にリュシアが手を伸ばしていた。リュシアは自分がどこか分からず、 少し哀しそうにきょろきょろしていた。
 それを見て、我を忘れたように叫ぶ。手を伸ばす。足を踏み出す。
「リュシア!!!」
「サーシャ!!!」
 二人は駆け寄って、抱きしめあった。体温を感じないその抱擁は、どんな物よりも強い絆だった。


 前回お休みだったサーシャの登場です。登場、と言えるのかはわかりませんが。
イメージ的には子宮のなかでちゃぷちゃぷと ゆれてる赤子を想像していただきたい感じです。感覚的には目が覚めて二度寝する布団の中の ような感じです。実際そうなのかはわかりませんが。

 さて、次回は二場面に分かれての進行になります。男性サイド女性サイドのお話をどうぞご覧あれ。

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