目を閉じて座っているサーシャは、以前に見たときと、なんら変わりないように思う。 それでもリュシアは言ってくれた。両親のたった一つの形見のペンダントを、自分に託しながら。 「助けてあげて、トゥール。トゥールになら、きっとできるから。」 「……本当に?どうすればいいのかな。」 「サーシャのこと、呼んで。きっと答えてくれる。道は、もう作ったから。あとはエリューシアが導いてくれる。」 「やってみるよ。」 少し自信なさげに言うトゥールに、リュシアはいつものはにかんだ笑顔を見せた。 「大丈夫、トゥールならできるから。」 「……それは僕は勇者だから?」 そんなことを聞いてしまったのは、さきほどのルビスとの会話のせいだろうか。だが、リュシアは首を振った。 「リュシアは魔法をかけたの。お姫様を助けられる魔法。だから大丈夫。トゥールはリュシアの王子様だったから。」 なんのためらいもなく、お伽話を信じている砂糖菓子のように甘い、子供のようなことをリュシアは言った。なんだかそれを聞いて、 ふっと気が抜けた気がした。 「そっか、僕、ちゃんと王子様できてた?」 「うん、いつもリュシアのことを助けてくれた。だから、サーシャのこと、助けてあげてね?」 「わかった。」 トゥールが頷くのを確認すると、リュシアとセイは、部屋を出て行った。 片手にリュシアのペンダントを。もう片手に聖なる守りを持ちながら、トゥールはリュシアがしていたように、目を閉じて、 額と額をあわせた。 眼の奥に浮かぶのは、ある、遠い日の光景。 ついこの間まで、忘れてしまいそうだとゆれていた心が、嘘のようだ。 それはとても美しい顔だった。「ルビス」の顔には敵わないだろう。いつもの自信あふれた顔でもない。 それでもあの日、差し伸べられた手を跳ね除け、自らの力で生きるための産声を上げた、幼い日のサーシャの目を。 たとえ100年経ってもその顔を鮮やかに思い返すことができると、トゥールは確信していた。 トゥールの部屋を出て、リュシアとセイはすぐ隣にあるセイの部屋へ移動した。 「いいのか、側にいなくても?」 「今、わたしはいない方がいい。」 「そうか。」 理屈は分からないが、リュシアがそういうのならばそうなのだろう、とセイは抱えていたリュシアを ベッドの上に降ろした。リュシアは疲労がたたって動けないのだ。 「寝るか?なんかあったら起こしてやるぞ?」 セイはリュシアの肩に毛布をかけながらそう呼びかけるが、リュシアは首を振った。 「眠くは、ないの。…おなかすいた。」 「そうか、じゃあ、ちょっと何か持ってくるな。」 こくりと頷いたのを見ると、セイはもう何度目かにもなる厨房へと足を運んだ。 さきほどのトゥールとの会話に、どこか入り込めない絆のようなものを感じて、すこし寂しく思った。 食事を取りながら、ようやく二人はお互いのことを話し終えた。 「なるほど……?」 リュシアの要領のえない話を、なんとかセイは頭の中でまとめようと努力する。 「そっか、トゥール、頑張ったの。」 「頑張ったっていうのか?あれは?お前のときと対して変わりないぞ。」 リュシアにそう言われ、セイは頭を掻く。リュシアはくすくす笑う。 「トゥールらしいね。」 「それにしても、サーシャはちゃんと戻ってくるのか?正直俺にはなんだかよくわからねぇんだよな。」 神の道具だの闇の魂だの、なんだか自分の次元とは違うところでの争いで、正直セイは自分が蚊帳の外に いる感じがしていた。 「……上手くいえない。でもサーシャはちゃんといる。きっと戻ってくる。」 「そっか、まぁ、それだけ分かればいいか。……何も出来なくて悪いな。」 リュシアは物凄い勢いで首を振った。 「そんなことない。セイのおかげ。セイがいてくれたから、リュシアもトゥールも動けたんだよ。セイが ここにいてくれるから。ありがとう。」 そう言って微笑んだリュシアは、ふわりと暖かい空気を持っていて、こんな境地にありながらもどこか和ませる安心感が あった。 あまりにも心地よい沈黙に酔いしれてから、セイはそれをごまかすように口を開く。 「……そうか、また四人で戦いたいな。」 「リュシア、賢者になる。」 「は?」 唐突に言うリュシアの言葉に、セイは少し目を丸くする。 「多分、なれると思う。サーシャ戻ってきても、休むから、その間に行くの。」 「ああ。悟りの書読んでたっけ、そういや。……お前は賢者になりたかったのか?」 セイに問われ、ちょっと首をかしげて、リュシアは言う。 「……どっちでもいいの。でも、そっちの方が便利。両方使えるならその方がいいと思う。セイのこと、治してあげるね。」 にっこりと笑うリュシアに、それは反則だろう、と心でつぶやくセイだった。
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