一通り話を終え、それぞれが手の中のお茶で喉を潤し、リラックスした頃だった。
「……あの、あのね。それで、あの話が、あるの。」
「サーシャ、どうしたの?」
 リュシアがいたわるように声をかける。そう必死でどもりながら言う姿は、どこかリュシアを想像させた。
「どうしても言わないとって思って。本当はもうちょっと早いうちに言おうと思ったのだけれど。……あのね、最後 あの中から出るときに、ルビス様の声がしたの。」
「なんて言ってたの?」
 トゥールの言葉に、サーシャは先ほどの動揺が嘘のように、静かに告げた。
「私達がゾーマを倒した後は、……ギアガの大穴が閉じるわ。そうすれば、異世界であるこの世界とあの世界は行き来することが できなくなるの。ルーラでも。……つまり帰れないの、もう二度と。」
「ちょっと待ってくれよ、なんで閉じちまうんだ?せめて俺達が帰る前待ってくれてもいいんじゃねぇの?」
「本来、閉じているのが当然のことなの。ゾーマの力で開けられているだけで。 ルビス様がおっしゃったでしょう?この世界はただでさえ魔の者に狙われやすいの。 つながっていれば、上の世界にも害が及ぶ可能性があるわ。この世界のことは、本来この世界だけで 終わらせたい、というのがルビス様の考えなの……それと。」
 セイの問いに答え終えたサーシャは、言いにくそうに口にする。
「こんなことを言っては罰当たりかも知れないけれど、本来の目的として、ルビス様はこの世界でトゥールと 子孫を残すことを目的だったでしょう?……だから、おそらくトゥールをこの世界にとどめて置くため なのだと思うの……。でも、これをわざわざ教えていただいたということは、トゥール貴方はもちろん、 セイもリュシアも、ゾーマ討伐を諦めて帰るという選択肢を、与えてくださったということだわ。」
 セイががたんと椅子から立ち上がった。
「悪い、ちょっと出る。」
 そう言って、部屋から出て行った。

「セイ……」
 その唐突な行動に、リュシアが呼び止めることなく、その名をただ、口にした。
「……困ったな。」
 トゥールがすこし苦笑した。なんだかんだ言っても、誰かにここで離脱されることを考えてなかった 自分に気がついたのだ。サーシャも、寂しい気持ちは抑えられなかった。
「……とりあえず、いくらなんでも一度はちゃんと帰ってくると思うわ。荷物も置きっぱなしだもの。 考える時間も、きっと必要よ。行くにせよ、帰るにせよ……。」
「サーシャは?」
 トゥールの言葉に、サーシャは迷わず笑顔で答えた。それは殉教者の顔であり、そうして 女神を宿す巫女にふさわしい表情でもあった。


「私はもう、お別れしてきたもの。こうして再びこの世界に生を受けて、その恩返しをしなければならないわ。 私はその為に今、ここにいるのだもの。でも、トゥール達は違うでしょう?」
「帰らないよ。」
 トゥールは反射的に答えた。
”それと引き換えに、そなたの大切なものとは遠く隔たれ、二度とその手につかむ事はなくなる。”
(ああ、そうか。)
「僕は行くよ。ゾーマの城へ。誰のためでもない、僕自身の夢のためにね。」
 そう答えたトゥールは、間違いなく勇者の顔をしていた。


 その横で。少し震えながらも。
「わたしも。……行く。」
「いいの?リュシア。だって、もう……。」
 サーシャの言葉に、リュシアはうつむきながら叫んだ。
「行く!だって、決めた。ここに来るとき、決めた。帰ったらママに会えるけど、その代わりに、皆に 会えなくなる、……その方が嫌。戦うって決めたから。だから。」
 どちらが良かったのだろうか。選択肢を迫られることと、選択肢をつぶされること。
 会いたいに決まっている。ずっとずっと育ててくれた母に。もう本当に二度とあえなくなると思えば、胸が つぶれそうだ。
 それでも。譲れないものがあるのだと。
 リュシアはこのとき初めて感じた。


   
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