終わらないお伽話を
 〜 勇者の儀式 〜



 そこは、リムルダールの北側。もっとも魔王の城に近い岬。
「……父さんはどうやってここから城に行ったんだろう……。」
そこは断崖絶壁で、とても降りられそうにない。
「……飛ぶか飛び降りるか、だな。」
「いやそれは、さすがに父さんでも思いとどまってくれるんじゃないかと。」
 微妙な笑みでそう言うトゥールに、セイは真顔で答える。
「溶岩に飛び込んでも生きてた奴だしなぁ。すごいよなぁ。」
「それを言われると否定できないんだけどさ。」
「…………。」
 サーシャは、ただじっと荒れ狂う海を見ていた。少し寂しい表情で、ただじっと。
「サーシャ?」
「あ、ごめんなさい。行きましょう?」
 心配するリュシアに笑顔で答え、サーシャはトゥールを促した。
「うん、じゃあ。」
 トゥールは天に虹の雫を掲げる。
 闇に覆われた空。光は自らの持つともし火だけ。だが、トゥールの虹の雫の呼び声に答えるように、 空から一筋の光が差し、虹の雫を照らす。
 そうしてその雫の虹色の影が、崖の上を覆うと、やがてそれは虹の橋へと変わった。
「うわ、ほんと、まんま虹の橋だな。」
 セイは虹の橋に近寄ると、そっと手を伸ばし、やがてがんがんと叩いてみる。
「なんか感触はガラスみたいだな。」
 サーシャとリュシアはおそるおそる虹の橋へと足を踏み出す。
「不思議ね、どこかちょっと暖かいような気がするわ。」
「綺麗……夢みたい。」
 トゥールもとん、と音を立てて飛び乗った。それは伝説の装備とあいまって、本当に絵画のような風景だった。


 四人ともこれからあのゾーマの城に死闘を挑みに行くとは思えない穏やかな表情をしていた。
 それは、あまりにもこの橋が、そして橋を渡っている仲間の姿が美しかったからだった。


 リュシアは橋の上で、くるりと回る。
「なんだか本当にお伽話みたい。」
「そうね。虹の上だなんて、本当にお伽話だわ。……ならきっと、ゾーマにも勝てるわね。お伽話は 最後には幸せになるものだもの。」
 輝くように美しい虹の上で、サーシャはゾーマの城を仰ぎ見る。その光景は教会のステンドグラスのようにも 見える。
「大丈夫だろうよ。本当にお伽話のパーティーだもんな。勇者に、神様に精霊だろ?まぁ、俺だけ普通の 人間ってのがなんだが、凄い顔ぶれだよな。」
 しみじみというセイの声音に、若干どこかすねた様な響きが感じられ、サーシャはフォローしようと 口を開いた。が、その前にトゥールが割り込んだ。


「あはは、本当だよね。」
「トゥール、それは失礼じゃない?」
「あ、そういう意味じゃないよ。」
 サーシャの非難の目に、トゥールはあせって手を振る。
「そうじゃなくて、運命ってすごいなぁってしみじみ思ったんだよ。ほら、勇者の儀式って覚えてる?」
「ああ、あのアリアハンでお前が受けたって言う奴だろ?」
 セイの言葉にトゥールが頷く。
「うん。勇者になる素質を選別してもらって、認めてもらう三つの儀式。」
 トゥールはそう言うとサーシャを指差した。
「神様の儀式。」
 そしてリュシアを指差す。
「精霊の儀式。」
 最後にセイを指差す。
「人の儀式。この三つに認められて、初めて勇者になる。 まぁ、ルビス様の話を聞いていると、僕の場合、生まれる前から決まってたみたいだし、形式上のものだったんだろうけど ……本当はそういう意味だったのかも知れない。」
 トゥールは三人を追い越し、先頭に立ってからこちらを振り向く。
「サーシャとリュシア、セイに認められて、僕は初めて勇者になれたんだ。 だからさ、この三人の誰が欠けても僕は勇者になれなかった。四人でいたからこそ、ここまで来られたんだよ。 ありがとう、ここまできてくれて。僕を勇者にしてくれて、本当にありがとう。」
 きらめく虹の上。トゥールはまっすぐに三人をみつめ、そう礼を言った。
「……馬鹿ね。いきなりそんなこと言って。そんなこと、当たり前だわ。……だってトゥールはここまで 一生懸命頑張ってきたじゃない。どんな困難にも負けずに。だからこそ、私達はこうやって 一緒に行くのよ。」
 サーシャはそう言って、トゥールの肩をぺちんと軽く叩く。
「違う、トゥール。トゥールも、わたしを立派にしてくれた。ちゃんと、見てくれた。同じ。 だから、一緒に頑張ろう?」
 リュシアはそう言って、トゥールの腕をそっとつかんだ。
「いまさら何言ってんだか。俺はやることなかったからな。ま、退屈しなくて助かってるよ。ほら、とっとと 言って、太陽を拝むぞ。」
 セイはそう言って、トゥールの頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
 そうして勇者は、三人に支えられながら、虹の橋を渡りきった。


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