なんだかあまりにも多くの感情が入り混じり、トゥールはただ現実から剥離したような感覚 しかもてなかった。
 悲しみ、安堵、哀れみ、喜び、蔑み、尊敬、怒り……そんなものが、ただ入り混じっていた。

 尊敬している父だった。あまり家にはいなかったけれど、それでもあの広い背中におぶってもらった記憶は 確かにある。暖かで力強いその背中が、トゥールは大好きだった。
 そして、力強い先駆者でもあり、生涯追いつけない自分の精神の師匠でもあった。
 その人が、死んだのだ。それを、見せられたのだ。哀しくて、辛い。もう二度と会話を交わすことがないのだと 、強くなった自分を、見てはくれないのだと。絶望と言っていいほどの悲しみが襲い掛かってくる。
 だが、それ同時に安堵したことも事実だった。もう二度と、期待を裏切られる事はないのだ。生きているかもしれない、 死んでいるかもしれない。トゥールはずっとその狭間で悩んできた。その結果が、今知らされたのだから。
 そうして、こうして一人で死んでいったことへの哀れみもある。結局父は、仲間に、本当に信頼できる仲間に めぐり合えなかったのだ。だからこそ、ここで一人で死んでしまったのだ。
 そして、喜び。最後の最後で、自分のことを思い出してくれたこと。ここまで頑張ったのは、自分を置いて旅立ったのは、 自分のためだったのだと。ほとんど会わない、いない父で恨めしく思ったこともあるけれど、それでも父は 確かに自分のことを愛していたのだと。それが嬉しい。
 勇者として生きながらも家族を作り、なにもかも全てを一人で抱えようとして、家族を捨て、結局死に際に家族を思い出し。 そして結局勇者の役割を果たすことなく、こうして死んでいった先駆者に蔑みと。
 誰にも背負わせないために、これほどまでに一人で抱えてここまできた英雄に、多大な尊敬を、覚えた。

 そんな感情のカクテルを飲まされ、ほとんど麻痺していた精神を地に着かせてくれたのは、サーシャだった。
 泣きそうな、それでいてこらえているその強さと弱さ。それは一枚の絵にするには、あまりに儚げで不安定な光景。
 だからこそ、それが現実なのだと、思った。
「泣いてくれたら、僕も嬉しい。」
 その言葉は、真実だった。サーシャの泣き声を聞きながら、トゥールは流れていないはずの涙から、様々な感情が 流れ出していっているような感覚を覚えた。
 ごちゃまぜだった感覚が研ぎ澄まされていく。
(そうだ、これは、現実だ。父さんは死んで、そして……。)
 泣きやんだサーシャが、こちらを気遣うように見上げているが、それに応えず、トゥールはリュシアに意地悪な 問いを投げた。すでに答えが分かっている……そしてリュシアが答えるのが辛いと分かっている問いだった。
「……リュシア、この『現象』を起こしたのは……なんの魔力なのかな。」
 同じくオルデガの死を悲しんでいたリュシアは、トゥールにそう聞かれ、躊躇いながら答える。
「……お父さんとお母さんの時は、闇の一族の魔力と、オーブの力で、自然に起こったこと。でもここは、多分 そうじゃなくて……きっと、ゾーマ、だと、思う。」
 予想していた答え。それを聞いて、トゥールの心は定まった。
 勇者の冠を脱ぎ捨て、オルデガが消えた場所へと放り投げる。そして、袋からオルデガの兜を取り出し、かぶった。
 かつて、似合っていないと言っていたサーシャが一瞬目を見張るほど、その兜はトゥールに良く似合っていた。
「……行こう。」
(今は忘れよう。)
 家族を失った悲しみも安堵も哀れみも喜びも蔑みも尊敬も、敵を前にした勇者には無用だ。 最後に家族を思い出し、潰えた先代の勇者が、そう示してくれたのだから。
 だから、唯一つ。こんな卑劣なものを見せ付けた敵に対しての怒りだけを持って。
「トゥール?」
 リュシアの呼びかけに、トゥールは剣を抜く。
「ゾーマを倒しに。この報いは必ず受けさせてやる。」
「ああ、そうだな。ただ、熱くなりすぎるなよ。」
 セイがトゥールの背中をぽん、と叩いた。
「危なくなったら、抱えて逃げてやるからな。」
「ありがとう。行こう。」
 男の友情を見せ付けられた女二人は、一瞬ぽかんとそれに見とれて、それからそこに加わった。
「ええ。」
「うん。」
 そうして、四人はその部屋を振り向かずに後にした。  
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