廊下は奥へと続いている。この先に、ゾーマがいる。
 四人の空気はまるでグリーンラッドの空気のように凍り付いていた。
 ここからでひしひしと伝わってくる威圧感。リュシアは必死で表に出さないようにしているが、それでも 額からは汗がにじみ出ている。サーシャは硬くなっているし、セイの腕も震えていた。
 かく言うトゥールも怖かった。これほど敵に怖いと感じた事はない。
 もし、許されるならば、このまま帰ってしまいたいと。
(……そうでも、ないかな。)
 たとえば自分よりずっとずっと強い人が。
 ……父さんが。
 この場を任せて帰れと言っても、きっと自分は帰らないだろうと、トゥールは思った。
 怖いけれど、とてつもなく怖いけれど、戦いたくないけれど。
 それでもこの場から撤退する選択肢はない。
 それは自分が勇者だからとか、魔王を倒す名声だからとかそんなことじゃなくて。
 多分、やり始めた事は最後までやりとおさないと気がすまない、ただそれだけなのだろうと、自分の単純さに 微笑した。

「……余裕ね、トゥール。」
 その微笑を見て、サーシャはぎこちない声音で語りかけてきた。
「余裕なんかじゃないよ。怖くて仕方ないんだけどね。」
 それに飲まれまいとトゥールは立ち上がる。
「信じてるから。」
「何を?」
 トゥールは少し考える。そして、サーシャの髪の一房を持ち、そっと口付けをする。
「……僕の女神を、とか言ったら怒る?」
 サーシャは顔を赤くして立ち上がり、猛然と抗議した。
「ば、馬鹿なこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「まぁ、半分は本気だよ。僕と僕の仲間と、ルビス様とか、力になってくれた 精霊とか、……この世界とか、全部ひっくるめて信じてる。僕を産んでくれた世界も、この世界もあんなやつに 負けないよ。だから……」
 その言葉の途中に、トゥールの頭にセイがのしかかる。
「はいはーい、大魔王の近くで女口説くのはやめておけー。特に『帰ったら結婚しよう』とか言うなよ。縁起悪いからな。」
「言わないよ!!帰れるに決まってるんだから!」
「ああ、そうだな。当たり前のことだもんな。」
 その横でリュシアがこくこくと頷く。

 いつものようにじゃれながら。笑いながら。四人は自然に歩き出した。
 この廊下の終点。
 玉座に座るゾーマの元まで。


 ゾーマは対峙するトゥールを、寒々しい目で見ていた。
「トゥールよ!何ゆえもがき生きるのか?」
 ゾーマの言葉は、本当に疑問に思っているようだった。だが、そんな馬鹿な戯言を聞いている気はセイにはなかった。
「だったらとっととお前が死ね!!」
 身を低くして、セイはそのまま爪をローブに突き入れようとこぶしを握る。
 妙な感触。重い重い液体の中に手を突っ込んだようなそんな感触が、セイの爪を拒む。
 ゾーマはセイに、冷笑を浮かべた。セイは反撃されないようにすばやく離れるが、ゾーマは眼中にないようだった。
「闇の衣ね…………確かにあれは……届かないな……。」
 膝がつかないように冷や汗を浮かべながら、恐怖心に抵抗しているリュシアに、セイはぼそりとつぶやいた。
「滅びこそ我が喜び。死に行くものこそ美しい。さあ我が腕の中で息絶えるが良い!」
 届かないことが分かっているのだろう。ゾーマは残酷な笑みを浮かべながら自信たっぷりにそう言った。


「そうは、いかないから。」
 トゥールの一歩前に、サーシャが躍り出た。
「……ルビスとて、この我には勝てぬ。神などいかに復活させようとも、また我が封印してやるまで。」
「残念ながら私はルビスじゃないわ。でもね、馬鹿にしていると罰が当たるのよ?」
 サーシャは袋から、竜の女神からもらった光の玉を取り出した。

 ”信じてるから。僕の女神を。”
 トゥールはそう言った。その通りだ。
 闇には光。衣をはがすのはこれしかないと確信できた。竜の女神はこのために、この光の玉を渡してくれたのだ。
 自分になら使える。竜の女神はそう言っていた。だが、
(どうやって、使えばいいのかしら……。)
 そう疑問はあった。けれど、使うなら今なのだ。竜の女神から賜ったこの光の玉が、この大事な時に使えないわけはないと、 サーシャは信じていた。そして、祈った。
 すると、頭に声が聞こえた。
 ”……サーシャ……今一度だけ私に、体を貸してください……”
 誰の声かはすぐにわかった。サーシャは迷うことなく、意識の中で頷いた。

 暗い地中の部屋が、まばゆい光であふれた。
 目を焼くような攻撃的な光ではない。だが、まばゆくて直接見る事は叶わない。三人は思わず手をかざす。
「……なん……だと……!?」
 ゾーマはどこか苦しんでいるように目を閉じる。そして。
 光の玉はそのまま浮かび上がり、天井を突き破りながら、光の玉をかかげるサーシャと共に空へと浮かび上がる。
「サーシャ!!」
 光の玉はゾーマの城の上空で、アレフガルド全体を照らし出す。その太陽のような光を捧げ持つサーシャは、まさしく女神 そのものだった。


「あれは、何だ?!」
 異変に気づき、バルコニーに出て問いかける王の質問に答えられるものは、誰もいない。だが、
「……父上。光の時代が来ます。……いいえ、光の時代に導いてくださる勇者が現れたのです。」
「誠か?」
 父の問いかけにエルネストは、徐々に収まりつつある光を指差していった。
「あそこに光臨された創世女神が見えませんか?信じましょう。それが我らに出来る唯一のことです。」
 王ももう一度光を見る。その先に、わずかに光の玉を持つ、青色の髪の麗しい女性が見え、王は在位してから、初めて、強く 希望を信じた。


 
前へ 目次へ トップへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送