藍色から、ほのかに橙、そしてゆっくりと蒼へと変わっていく。太陽は優しく強く地表を照らす。 やわらかな桜色だった雲が、まぶしいほどの白へと変わった。
 そのあまりの美しさに、四人とも言葉もなくずっと空を見ていた。
「そういえば……傷、治ってる?」
 ようやくサーシャがそう口にして、四人は現実へと帰った。セイが自分の体のあちこちをはたく。
「あ、ああ、そういえば治ってるな。あれだけ疲れてたのに体力も元通りだ。」
「……魔力も。バラモスの時みたい。」
「ああ、そうかも。ルビス様とかが治してくれたんだろうね。お礼かな?」
 リュシアの言葉に頷いて、トゥールも体のあちこちを確かめた。どうやら完全に回復しているようだった。
「……ふさがったね。……ギアガの穴。」
 リュシアがそう言って大きく空を見上げた。リュシアの黒い髪が風になびき、大きく広がる。
 おそらく四人の中で、一番上に想いを残してきたのがリュシアなのだろうと、トゥールは想う。
「そうだね。でも穴はギアガだけじゃないよ。他にも空いてるみたいだし。大丈夫だよ、リュシア。」
 リュシアは少し躊躇いながら、こくんと頷く。
「それで、これからどうするんだ?」
「とりあえず、色々城に返しに行こうと思うんだよね。盾とか鎧とか剣とかね。」
 トゥールの言葉にセイが呆れたように笑う。
「律儀だな。もらっといてもいいんじゃねぇの?」
「いやだって、国宝なんじゃないの?この武具。」
「でも、トゥール、剣はトゥールのために作られたものよ?」
 サーシャがそう言うと、トゥールは首を振った。
「違うよ。勇者のためのものだ。この剣も鎧も盾もね。芦彦さんにはちょっと申し訳ないけど……いいかな?」
 トゥールはセイに聞く。セイは首をすくめた。
「さぁな。でもま、お前がそう言うんだ。怒りゃしないだろ、あの人は。」
「そっか。じゃあ行こう。」


 これほどラダトームの町に人がいたのかと思うほど、外には人であふれ、そしてそのほぼ全ての人間が、 空を眺めて嬉しそうに微笑んでいた。走り回っている子供も、まるで子供のように大地の写る影を眺めているものも いた。
 そうして、ラダトームの城はてんてこ舞いの様相を見せていた。入り口の兵士の姿もなくその変わりように戸惑う。
「騒がしいな……なんだ?一体。」
「これから世界が平和になった記念の国をあげてのお祭りが行われるんです。その準備にみな忙しいようですね。」
 そうかけられた声には心当たりがあった。
「……エルネスト王子。」
「覚えていてくださったとは嬉しい限りですね、リュシアさん。それにトゥールさん、サーシャさん、セイさん。 お待ちしておりました。」
 満面の笑みを浮かべる王子に、セイは逆に笑みを消す。
「王子が直々に挨拶とは何事だ?」
「王が是非勇者様にお礼が言いたいと申しております。そしてその後の宴に参加していただきたいと。」
 温和な言葉に、トゥールが頷く前に、セイは畳み掛けるようににらみながら言う。
「それは一体どういう魂胆だ?」
「セイ?どうしたのさ?」
「お前なぁ、うかうか宴に参加してみろ。この国に取り込まれるぞ?なんて言っても天下無敵の勇者なんだからな。」
 呆れたように言うセイに、トゥールは天下無敵の笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。僕行きます。あ、それで、あのぅ……太陽の玉、そのなくなっちゃったんですけど……。」
「あれは皆様にお渡ししたものですよ。世界に太陽が戻り、そしてあなた方が無事にこうしていらっしゃる。それが 私は何よりも嬉しいです。……どうぞ、こちらへ。」
 王子の案内で、四人はかつて一度訪れた謁見の間へと案内された。


 意外なことに、謁見の間には少々の兵士と、それからおそらく腹心の部下くらいしかいなかった。おそらくは 祭りの準備で忙しいのだろう。余り仰々しくない様子に、トゥール達は心の中で胸をなでおろした。
 それでもトゥールたちを見る者のざわめきは、緊張感を促すには十分だった。
「静まれ皆のもの!!勇者殿。」
「は、はい!」
 トゥールが急いでひざまずく。三人もそれに合わせて、跪き頭を下げた。
「よくぞ、大魔王ゾーマを倒してくれた。そして良くぞ無事に戻った!心から礼を言うぞ!これこの通り、窓から 日の光が入り、外の風景に魔王の城がないと言うのはなんと嬉しいことなのだろうな。」
 そういわれて後ろを見ると、大きく開いたバルコニーから見える風景に、あったはずのゾーマの城はなかった。おそらく あの後、崩れたのだろう。
「いえ、僕達こそ、色々助けられましたから……。」
「して……この国に光をもたらしたそちらの女性は、もしや……?」
 四人は一瞬きょとんとする。王は少し声を小さくして続ける。
「先ほど、すさまじい光の玉をもった青い髪の麗しい女性……いや、女神が世界を照らすのをわしは見た。むろん、遠くの空の光の 出来事。細かい顔までは分からぬが……そちらの女性と無関係ではあるまい。もしや、勇者に加護をもたらすという 精霊ルビス様なのであらせられますか?」
「いいえ、違います。」
 サーシャはとっさに否定する。まさか目撃されていたとは思わなかったが、自分が精霊ルビスだと誤解されると 非常にやっかいだ。かといって、そのまま言うこともまた問題になりそうだとサーシャは急いで頭を回転させる。
「王がご覧になられたのは、確かに私です。ですが、 この世界に光をもたらしたのは、ルビス様です。私は……ルビス様の依巫として選ばれ、勇者様と旅をしてきたものです。」
 その言葉に、王の口からほぅ、と感嘆のため息を漏れた。だが、もともとのサーシャを知っている身としては、『勇者 様』という発言にどこか寒いものを覚えた。
「創世女神ルビス様の巫女殿であらせられるか……この世界に朝をもたらしてくれたこと、真に感謝いたします。」
「いえ、そんな……。」
 王に敬語など使われると、なんだか気後れがする。だが、そうして遠慮がちに笑うサーシャの美しさに、兵士達は 声も出さずに見とれていた。

「して、そちらの二人は、勇者殿の仲間か?」
 続いて目を向けたのはセイとリュシアのようだった。セイは顔を上げぬまま言った。
「いえ、私は勇者の従者でございます。勇者のために働き、戦うものでございます。」
 さらりと言ってのけるセイに、三人は唖然とした。そして心で笑う。王に褒められ、あまつさえ表舞台にあげられることなど まっぴら御免なのだろう。
「ふむ、その心意気真に素晴らしい。」
「ありがたきお言葉。しかし私の働きも主の働きあってこそ。どうかその言葉は全て私の主にお願いいたします。」
 心の中でトゥールはセイをにらみつける。だが、おそらくセイは心で舌を出しているのだろうとも分かった。
「では、そちらの方は……?」
「わ、わたしは、巫女様の侍女でございます。」
 リュシアもようやくそれだけを言った。そんなリュシアをサーシャは少し恨めしく思った。これではトゥールと サーシャの二人だけが表舞台に上げられてしまう。
「この国に朝が来たのも全てそなたらの働きのお陰じゃ!勇者殿、巫女殿、どうか名を聞かせてはくれぬか?」
 まして歴史書に名を刻まれるのは遠慮したサーシャが首を振った。ここはセイたちに倣うことにする。
「王様、ルビスの依巫として生きてきた私は個というものを必要といたしませんでしたので……。」
 そうするりと逃げたサーシャに、トゥールは心の中で叫んだ。
(うわずるい!!)
 このままでは、自分だけ仰々しく歴史書に残ってしまいそうだ。それは避けたかった。自分の夢のためにも。
 ……ふと、思いついたことがあった。
「……ト。……僕の名前はロトといいます。」
 その言葉に、広場がざわめいた。王も言葉を失っていた。
「おおおおおお、なんということだ。ロト、それはこの世界に伝わる、偉大なる勇者と同じ名なのだ。これは果てして偶然か? ……いいや、偶然などではあるまい。これは運命なのだ!神がこの勇者ロトがゾーマを倒すことを運命付けたのだ!! そなたこそ真の勇者だ!!」
 感嘆に震えている王の横で、真実を知っている王子が微妙な表情で笑いながら、父親を諌める。
「父上。感動されるお気持ちは良く分かりますが、勇者殿達もお疲れでしょう。宴までゆっくり お休みいただかなくては。」
「う、ううむそうじゃったな。ともあれ、勇者ロトよ。そなたにこの国から勇者の称号を与えよう。そなたのことは、 ロト伝説として永遠に語り継がれていくであろう!!」

 そう、もういいのだ。『勇者』はロトに任せよう。
 もうそれは、自分にはいらないものだから。


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