目の前の男性が、ぱちりと目を開ける。
「ふわぁ…あ、旅の人ですかぁ?ノアニールの村へようこそ…」
「あ…こんにちは。あの、体の具合は…?」
 トゥールがそう聞くと、不思議そうに男性が目を見開く。
「え?どうかしましたか?…そういえば、なんだか妙にすっきりしているような…?」
「いえ、なんでもないならいいんです。」
 ぺこりと頭を下げて、村の中に入った。
「うわぁ、この蜘蛛の巣、一体なんだよ!!」
 後ろからそんな声が聞こえる。周りの村人も、なにやら騒いでいる。
「なんだか、ずっと寝ていたような気がする…もう…何年も…そんなはずはないよな…」
「いやだ、私ずっと外で寝ていたの?はしたないわ…でもどうして?」
「なんだか体が埃っぽいわ…お風呂に入りましょう。」
 だが、体の不調はないようで、トゥールたちは胸をなでおろした。
「すごいのね、エルフの呪いって。皆さんがなんともないなら、少しはホッとしたわ。」
「まぁ、失った物もあるだろうけどな。」
 サーシャの言葉に、セイは皮肉そうに言うがその顔は笑っていた。
「…ああ、オルテガ様…行ってしまわれたのですね…」
   そこに、突然聞こえた声。トゥールたちは振り向いた。


「あの!オルテガ様って…」
 サーシャはその女性に近づいて、声をかける。
「オルテガ様は、森で襲われていた私を助けて、この村まで連れてきてくださったんです。 あのたくましい腕…とても、素敵な方でしたわ。ですが、オルテガ様は昨日、旅に 出て行ってしまったのです…。」
 リュシアが首をかしげる。
「…き、のう…?」
「違うわ、オルテガ様が旅立ったのは、13年も前の話よ。ここは、13年も眠っていたのね。」
「父さんは、ここに来ていたんだね。もしかしたら、エルフの里にも行ったかもしれない。…あの、とう…オルテガは、 どこに行くと言っていましたか?」
 サーシャたちの戸惑いに驚いていたようだったが、トゥールの言葉に女性は少し考えて答えた。
「アッサラームに…えっと、魔法の鍵の噂があるとか…私には良く分かりませんけれど…ああ、素敵な方…」
 うっとりとしている女性に、少し複雑な顔をして、トゥールが礼を言う。
「オルテガ様にはおば様がいらっしゃるのにね。少し可愛そうね。」
「へぇ…意外だな。てっきり恋敵だと思ってるかと思ってたのにな。」
 セイの言葉に、サーシャが大人っぽく笑って片目をつぶった。
「そんなに子供じゃないわ。おば様を愛していらっしゃるオルテガ様が私は好きなのよ。それに、私、おば様の こと好きだもの。」
「へぇ、そういう割り切った女、好きだぜ、俺。」
「…自分の親をネタに、女の子を口説かれるのって微妙だからやめて欲しいな、セイ。」
 トゥールが苦笑いで、口説きモードに入ったセイを止めた、その時だった。
「ああ、やはり貴方たちでしたか。ありがとうございました。」
 そう言って出てきたのは、眠らなかった男性だった。


「たくさんの声がして…こんなにぎやかなのは久しぶりです。皆、私が誰だか分からないみたいですけどね。 私一人、すっかり老けてしまいましたから…」
 少し寂しそうに笑う男性。その顔を曇らせるのは忍びなかったが、トゥールは事実を伝える事にした。
「…貴方の友人は…西の洞窟の湖に身を投げたと、手紙にはありました。」
「…そう、ですか…」
 泣かない男性に、サーシャは驚いた。
「貴方は、知っていたのですか?」
「いいえ…。ですが、もしかしたら、と思っていました。どうしてもう何年もなんの音沙汰もないのか… それくらい思いつめていたことは私も知っていますから、覚悟は、していたつもりです。…ただ…」
 男性は、ぐっと手をにぎりしめる。
「ただ、力になれなかった無力さを嘆くばかりです。友の事を嘆くのは、また後にします。 それよりは…これからこの村をなんとかまとめていかなければなりません。それが、無力な私 に課せられた役割ですから。」
「そうですね。それは、僕たちではできないことです。頑張ってください。」
「はい、貴方達の旅の行方を、お祈りしています。」

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