目が覚めると夕方だった。ベッドの上で考え事をしているうちに、どうやら眠ってしまったらしい。 野宿では眠れないなどと繊細ぶる気はまったくないが、それでも宿屋のベッドは良く眠れるものだ。 ちょうど飲みに行くにはちょうど良い時間で、セイは体を伸ばした。 「……」 ちょうど、廊下でリュシアと鉢合わせた。 「よぉ。」 手を上げて挨拶すると、リュシアはぺこりと頭を下げる。セイは苦笑してその横をすり抜けた。 階段を降りようとして、…振り返る。リュシアはじっとこちらを見ていた。 「なんだ?」 見ている事を悟られて驚いたのだろう、リュシアは一瞬目を丸くして首を振る。 セイはため息を一つついて、リュシアの元へと引き返す。 「いや、俺の事見てただろうがよ。何だよ?」 リュシアは怯えた目をしてもう一度首を振る。 「じゃあずっとこの場所に突っ立って何をしてたんだ?俺になんか用があるんじゃないのか?」 リュシアはうつむいて何も言わない。面倒くさいからそのまま立ち去ろうと思ったが、考えを変える。 正直なところ、自分の中のもやが晴れず、いらいらしていたのだ。 上からじっとリュシアを見下ろし、きつい口調でセイは告げる。 「何が言いたいんだ?言えよ。」 リュシアはしばらく考えた後、聞こえるか聞こえないかというほどの小さな声でこうつぶやく。 「…行くのかなって…それだけ…」 「ああ?」 にらまれて、リュシアはまた小さく縮こまる。だか、セイの心はそんなに広くない。容赦する気もなかった。 八つ当たり気味に怒鳴りつける。 「俺はトゥールたちみたいに優しかないからな。言いたい事があるなら、ちゃんと伝える つもりで言えよ。察してもらおうとか思うな。」 「……」 そんなつもりじゃないと、リュシアは言いたかった。ただ言葉が胸の中にたくさんあって。それが うまく整理できなくて。どの言葉を言えばいいか分からない。だけど何か言わなくちゃいけないと 思った時、こぼれるようにしか言葉を出すことができないだけなのだ。 ちろりと上を見上げると、セイはどこか不機嫌にしていた。なんとか怒りを納めたい。 だが、そんな言葉は出て来ない。 考えて考えて考えて。結局気のきいた言葉は自分の中にはない事に気がつく。 (サーシャなら、きっとすぐセイを笑わせられるのに…) 「リュシアね……あのね…えっと夕飯なのに…どこ行くのかなって。…あと、明日、セイは来てくれるのかなって、 ただ、そう思ってたの。」 結局思ってた事を、そのまま言った。セイは相変わらず不機嫌な顔で息をつく。 「ちゃんと言えるんじゃねーか。」 「………ごめんなさい。」 「俺は酒場で飲んでくる。明日の事は明日わかるだろ。じゃあな。」 ぐしゃぐしゃとリュシアの髪の毛を掻きまわし、セイは手をあげて去って行った。 リュシアはそれをじっと見送り、なんとか怒鳴られずにすんだ事に胸をなでおろした。 夕焼け空を見ていた。 (ノアニールに、父さんが来ていた…) それほど不自然な話ではない。父の正確な足取りは分からないが、誘いの洞窟を抜け、ロマリアに入ったなら 、あとは北か東に向かうしかないのだから。そして結局父は、北に向かった後、東に向かったのだ。 今の自分と同じように。 勇者に選ばれたのが、父の息子だからだとは思っていない。勇者とは血筋で縛られるものではないことは 自分が…自分だけはよく分かっている。 それでも少し複雑な気分だった。 父の事はとても尊敬していて。父のようになりたいとも思う。サーシャもそうだが、自分自身も父が 生きているなら助けたいと思うし、力になりたいと思う。だから、この旅は父の消息を尋ねる旅に なることに異存はないのだが。 (父さんか…) 父が出て行った3才の記憶はおぼろげだった。 ただ、旅立ちの大きな背中を、とても力強く感じたのを覚えている。思い出はほとんどないけれど、 世界の為に旅だった、そんな父を尊敬していた。 けれど…父の背中を追いかけていたのでは駄目だと、分かってもいた。自分は父になりたいと思った事は、 一度もなかったから。 だからこそ、複雑だった。父の思い出を集めるように後を追っていくのが嬉しい気持ちと、 父と後しか追えないふがいない気持ちとで。 |
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