しばらく、重い沈黙が、その場を支配した。サーシャはじっとセイの顔を見ていたが、 やがて、表情を和らげた。 「…たしか、前にも聞かれたわね。」 「ああ、それではぐらかされたな。けど、俺は聞きたい。俺は気がついたら盗賊になってたな。だから なんで転職したがるのか、気になるんだよ。」 「夢だったから…じゃおかしいかしら?」 サーシャの言葉に、セイは頬を掻いた。 「おかしかないが…僧侶向いてると思うぜ?ここの男たちも、サーシャに癒されてたじゃねーか。」 「ありがとう。そう…ね。神に仕えるのが嫌だと言うわけではないの。私は、神の教えを信じていたし、 父さんと一緒に教会の仕事をするのが好きだった。」 「じゃあ、なんでだ?」 セイの言葉に、サーシャは話を変えた。 「一般的に言われる職業というのは…たとえるなら、魂の色だと言われているわ。僧侶なら 僧侶の色、魔法使いなら魔法使いの色…そんな風に魂に色が付くの。それは 生まれつき付いている人も居れば、育ち方で染まっていく人もいるの。…私は多分、前者だったんでしょうね。」 「ふーん。じゃあ、転職ってなんなんだ?」 話がずれているのを承知で、セイは話を振った。 「ダーマの神殿では、その色を一度白に戻すことができると言われているわ。 そしてそれを上から塗り替えることができる…新たに生まれ変わらせることができるの。 …けれど勇者の色はたとえるなら透明。一度色が付いてしまえば、もう透明に戻ることができない。 そして、その透明な色は、一度固定されてしまえば、二度と塗り替えることはできないわ。」 「つまり、トゥールは、ダーマで転職ができないってことか。」 サーシャは頷いた。 「何者にも影響されない…それが勇者。勇者の試験は幼い頃に受けるものだけれど、それは魂がまだ 色づいていないうちの方が、ルビス様に見ていただけるから…」 そう言って、サーシャはテーブルに額をつけた。波うつ髪が、海のように広がる。 「……………神と精霊の頂点に立ちし、最高精霊である創世の女神ルビス様に愛される素質を持ちし、加護を受けた者。 その名を、勇者と言う。」 長い沈黙のあと、サーシャはそうつぶやいた。 「どうした?サーシャ?」 テーブルに突っ伏したサーシャの表情が見えなかった。 「それは、重い宿命を背負うもの。神は常に加護を与えてくださるけれど、その神が及ばぬ所へ使命を 果たすための代理人。…生まれた時から、運命を授かっている者。」 表情は見えないが、それはまるで神への祈りのように清らかな声だった。 「勇者が、どうかしたのか?」 セイの促しに、サーシャはそのまま話を続ける。 「この世のあらゆる所に加護を与えて下さっている神と、この世界のあらゆるところに満ちている精霊を 認めさせ、その双方の力を操るのが賢者。…それはまるで人工の勇者のようだと思わない?」 サーシャの言葉に、セイは目を丸くする。 「…サーシャは、もしかして、勇者になりたかったのか?」 サーシャは顔を起こして首を振った。そして立ち上がる。 「そろそろ寝るわね。…おやすみなさい。」 「サーシャ!!」 セイは、帰ろうとするサーシャを立ち上がって呼び止めた。サーシャは一瞬立ち止まって、振り向かずに言った。 「どうしても母さんのようになりたかったわけじゃないの。ただ、 …賢者になれば、勇者の気持ちがわかるかと思って。勇者になりたいと願う人の気持ちが…。」 そう言って、サーシャは部屋へと戻って行った。 「…どういう、意味だ…?」 ただ取り残された、セイの言葉は、廊下の果てへと消えていった。 セイの真意、サーシャの真意編。転職前ぎりぎりですが、滑り込みで間に合って良かったと、ホッと 一息。 ちょっとサーシャの影が薄いので…この先更に薄くなっていくかも知れないのですが。ちょっと強化 計画。セイの口説きモードも終わっちゃったので、この二人が夜に会話するのは、この先少ないかも。 なんか、口説きというより、「同士」っぽくなってますな、セイとサーシャ。 次回はダーマの神殿第一回編です。さて、塔までいきますやら。 |
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