トゥールは、思考を切り替えるために自分の頬を叩いてから口を開いた。
「…よし。えっと、ライサさん、オーブって、ご存知ですか?」
「オーブ?…それはなんだい?」
 ライサの言葉に、セイが答える。
「俺達も見た事はないんだが…6つあって、緑と赤と青と黄と銀と紫色をした宝玉…だな。なんか 不思議な力があるらしいぜ。」
「なんだいそりゃ、いい加減だね…っと?」
 セイの言葉に笑っていたライサが、表情を変えた。
「ん?どうしたよ?」
「んー、ずいぶん前にさ、良く分からない赤い玉を手に入れたんだよね。なんの石かわからないから 値が付けられないし、倉庫の奥にしまいこんで忘れてたけど。そうそう、確かおんなじ形の別の色の 石が他にもあるって聞いてさ、譲ってもらおうとしたんだけど、断られちゃってさ。」
「見せてくれますか?」
 トゥールの言葉に、ライサは頷いた。手近の部下を呼んで、石を持ってくるように命じる。
「そうだ、待ってる間暇つぶしに海の怪談話でもするかい?この間、幽霊船にあったんだよ。」
「なんだそりゃ。」
 セイは呆れたように笑う。だが、ライサは真面目だった。
「洞窟で宝を発見した帰りにさ、船が通りかかったんだよ。そこはえらく辺鄙な場所だしさ、おかしいなと 思って双眼鏡で見ていたら…乗ってる人間は皆幽霊だった。」
「迷える魂が、船に集まってさまよっているというの?」
「ああ、そりゃあ恐ろしい光景だった。あたし達は海にいて長いけど、見たのは初めてだった。何か原因があるかと思ったら、 盗ってきた宝の中に、呪術がかかった骨が入ってた。…多分これが引き寄せたんだろうね。 グリンラッドの好事家のじじい、あいつにくれてやったとたん、会わなくなったからね。 まぁ、あんたらも気を付けな。っと…来たね。」
 扉の外の気配に、トゥールが立ち上がって扉を開ける。子分が持ってきたのは、竜の土台に守られるような、赤い宝玉だった。


 ライサの髪よりまだ赤い。赤く朱く紅く赫く丹く。大地が作られる前から存在した、原初の炎のような圧倒的な色だった。
「…綺麗。」
 リュシアのつぶやきに答えるように、ライサは頷く。
「かなりの透明度と深みを帯びた色なのに、ルビーでも紅水晶でもないしね。どうだい?これかい?」
「ええ、間違いないわ。これがオーブよ。」
 オーブに手を添えながら、サーシャが断言した。
「ちょ、ちょっと待てよ、サーシャ。なんでそれがわかるんだよ?商人でもないのによ。」
「そうだよ、サーシャ、なんで?」
 セイとトゥールのもっともな問いに、不思議で仕方がないと言うように、サーシャは首をかしげる。
「なんでって…どうしてわからないの?これは神具よ。オーブ。ラーミアを蘇らせるためにルビス様が地上に 使わした精神の欠片でしょ。見ればわかるじゃない。」
「…リュシア、わからない。綺麗だけど。」
「多分そうだとは思うけどな…俺も断言はできねぇぜ?なんでサーシャには断言できるんだ?」
「…うん、僕も。」
 三人にそう言われ、逆にサーシャは困惑してみせた。
「…だって、見たらわかるもの。どうしてって言われても困るけど…。」
「でも、サーシャがそう言うなら、きっとそうなんじゃないかな?きっとこれはオーブなんだよ。実際 それらしいしね。ライサさん…あの、これ譲ってもらえませんか?」
 トゥールが少し遠慮しがちにそう言った。
「察するに、凄く重要なもんなんだね、これ。」
「はい、これがないと…僕達凄く困るんです。あ、お金いるならその、払えるなら払います。お願いします。」
「うーん…。そうだねぇ…一応色々あって、はいそうですかって渡すわけにはいかないね。こっちにも 子分との都合があるからね。」
 ライサはしばらく迷ってみせて、にやりと笑った。
「そうだねぇ、白刃のセイと交換ってのはどうだい?」


 四人は目を丸くした。
「どういう意味だ?」
「言葉どおりだよ、セイ。…あんたがここに残ってくれれば、あたしはこのオーブを勇者に渡すって言ってるのさ。」
「ふざけるな!」
 セイは立ち上がって怒鳴るが、ライサはにやりと笑って手を振る。
「ふざけてないね。なんだいなんだい、命をかけて世界を救おうってんだ。 あんたは我が身を犠牲にする覚悟はないのかい?」
「別にそうは言ってねーよ!ライサ、お前が何を考えてるのか気になるだけだ。」
 ライサはトゥールに向き直る。
「考えてもごらん。世界を救うんだろ?この勇者さんは。そのためにこれが必要だと。 …勇者さん、あんたは条件を飲むことが…なにをおいても世界を救う気があるかい?」
「できません。」
 トゥールは実にあっさりと答えた。

 ライサはなんとも微妙な表情になった。サーシャとリュシアも複雑な表情でトゥールとセイを見た。
「…できない、だって?っは、じゃあ世界を救うのは諦めるんだ。勇者ってのもたいしたことないね。」
「だって、セイはもう盗賊じゃない。だから『白刃のセイ』を貴方に渡すと言う事はできないでしょう? その二つ名を持った盗賊は、もうどこにもいないんですから。」
 ライサの挑発に、トゥールはにっこりとそう返した。ライサはじろりとトゥールをにらむ。
「セイを盗賊から転職させたのは、あんたたちだろ?セイはねぇ腕のいい盗賊だったんだ。伝説になれるほどのね。 それを…。」
「僕じゃないです。セイは僕の持ち物じゃないですし。 …セイがここに残りたいと言うのなら、僕達がなんて言ってもセイは残ると思います。セイが転職した時と同じように。」
「オーブはいらないってのかい?」
「…僕の個人的な意見でよければ、セイを仲間から外れて欲しくない。セイに何度も助けられたし、これからの 旅に必要だと思う。オーブの為に切り捨てるなんてしたくない。…それでも、どうしてもオーブは 必要だから…どうしてもっていうなら、交渉は決裂ってことになるんだ。」
 トゥールは裏の意味を込めて、ライサにすごんだ。セイは、あがりそうになる口角を押さえながら、しっかりと ライサの目を見て言った。
「悪いな。俺はここに残る気はないぜ。もう盗賊から足を洗ったしな。」



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