サーシャが、真っ青な顔でつぶやく。
「…いけ…にえ…なんて…そんなこと…。」
「うん、良くないよね…。でも、だったらどうしたらいいんだろう…。」
「滅んだら、大変。もっと人が死んじゃう。」
 三人は顔を見合わせる。
「他の場所に移ってもらうのが一番なんじゃないかな?ほら、ギーツが今、町作ってるんだし…。」
「でも、ここの人たちが了承するかしら?」
「うーん…。って、セイ?」
 気がつくと、セイの気配がなくなっていた。振り向くと、遠く彼方に白い髪を振り乱して走る、セイの後姿があった。
「ちょっと、セイ!」
「追いかけよう!」
 地面に落ちていた帽子を拾って、三人はセイの後を追った。


 セイが入って行ったのは、町の中では少し立派な家だった。例えて言うならば、貴族の家 のようなものだろうか。
 開けっぱなしになった玄関から、トゥールはそっと中を覗いた。

「どうして!どうしてなの!どうして今更!あなたのせいよあなたのせいよ!私は何も悪くないのに!! どうして弥生まで!帰して!物の怪の癖に!どうして!!」
 泣き叫ぶ女性。セイはその横で硬直するように立っていた。
「セイ…?」
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイナカナイデワルカッタカラナカナイデ ワルイカラ…」
 放心したセイは、焦点の合わない目でひたすら詫びの言葉を口にしている。
「セイ!どうしたんだよ!!」
 トゥールがセイの肩を抑えると、セイはその場にうずくまり嘔吐した。嘔吐しながら、それでも その合間に、ひたすら詫び続ける。
「死ね!どうしてあんたが生まれてきたの!!化け物!!どうして今更現れたのリュウセイ!!」
 女性は半狂乱になりながら、こちらに物を投げつけてきた。
「セイ、こっち!」
 悪いと思いながらも、トゥールは強引にセイを建物から引きずり出した。


 家の裏手に回りこむ。セイはその場でひとしきり吐き終えた後、口をぬぐって立ち上がった。
「…悪い…。俺…。」
「いいの、落ち着くまでゆっくりして。」
 サーシャはセイの背中を撫でる。リュシアは荷物から水筒を取り出し、セイに渡した。
「すっきりする。」
「さんきゅ…。」
 力なく木にもたれかかり、リュシアから渡された水を飲むセイ。そして水筒から口を離してうつむいた。
 ふぅ、とセイは小さくため息をついて、水筒を置く。
「悪い…俺、女の泣き声…駄目なんだ…どうしても、なんか。」
 女の泣き声が駄目だった。逃げ出したいのに逃げられない。逃げる場所がない。 その代償行為なのか、吐くようになったのはいつからだろうか。その事で殴られても止まらなかった。

 しばらくの沈黙。トゥールは少し考えて、優しい声音で聞いた。
「リュウセイっていうのが、セイの本名?」
 トゥールの言葉に、セイは苦笑する。
「…懐かしいな。ああ、榊流星。そっちにあわせて言うと、リュウセイ=サカキか。」
 そう言って、セイは空を指差した。
「空を流れる星。…ここじゃ、決して使わない大陸言葉だ。ここでは凶兆…不吉の象徴。流れると何か悪い事が 起こると言われてる。」
「…セイ…。」
 サーシャはなんと言って良いかわからず、呼びかけて固まった。セイの 妙に淡々とした表情がどこか切ない。だがセイは笑う。
「気にすんなよ。そんなこと気にしてたのは、もう何年も前だ。俺はとっくにこんな本名捨ててる。さて、 どっから話すかな…。」
 トゥールが家を眺めながら尋ねた。
「ここが、セイの産まれた故郷なんだね。」
 嫌がりようから、なんとなく予想していた。確信したのは村に入ってからだ。他の国とは違う顔立ちが、セイのそれと 同じだったから。
「ああ、そうだぜ。二度と帰る気なんかなかったけど、なんの因果だろうな。そうか、そっから話すか。」
 セイは三人に座れと促し、三人はそれぞれ適当な場所に腰をすえた。


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