セイは目を開けた。その頬に衝撃すらなかった事を、疑問に思いながら。
 目に入ったのは、黒い髪。かつて自分が、望んで望んで…結局嫌いになってしまった色。
「セイは、生まれてきて良かったの。」
 リュシアが、セイを守るように父親との間に立っていた。

 打たれた頬は腫れていた。相当痛かったのだろう、目が潤んでいる。怖いのだろう、足が 震えていた。
 それでも目の前の男の目を見つめ、リュシアは言う。
「セイに、何度も何度もみんな、助けてもらったの。セイがいなかったら、きっととっくに皆 死んじゃってるの。セイは、化け物なんかじゃないの、セイは、セイなの。リュシア達のセイなの。」
「うるさい、黙れ!!流星は榊家の息子だ!どう扱おうが私の勝手だ!!」
 セイの父親の手があがった時、反射的に体が動いた。殴られてほしくなかった。自分のお父さんに殴られることは、 きっと凄く傷つくことだから。
 言いたかったのだ。
 生まれた時は、すでに両親はいなかった。モンスターではないかと人に言われ、血に繋がれた家族の安定を知らずに 育った。
 セイは、リュシアと同じだったのだ。だからどうしても、どうしても伝えたかった。ずっとどう伝えれば いいか、考えていた。
 そして、ずっと考えていたセイへの気持ちを、リュシアは吐き出すようにその父親に伝える。負けないと にらみつける。
「リュウセイなんて人はリュシアは知らない。白刃のセイなんて人も、リュシア、知らないの。 おじさんの息子のリュウセイは生まれてきたら駄目だったのかもしれないけど、 でもセイはリュシアの、リュシア達の仲間なの。だから、そんなこと言ったら駄目なの。 リュシア達のセイは、生きててくれて良かったの。生きててくれないと駄目なの。」


 セイの目から、一粒の涙がこぼれた。
(これは、俺の涙じゃない。)
 出た涙に驚きながらも、どこか頭の隅でセイはそう考えた。
 泣いたのは、父にののしられ、母に殴られている流星だ。
 幼い日の流星は、きっとこう言ってほしかったのだ。…ずっとこう言ってほしかったのだ。
 銀の髪でもなく、盗賊の腕でもなく、ただの自分自身を必要だったと、ずっとその少年は言ってほしかったのだ。


「訳のわからんこと言って!!」
 再びセイの父親の手があがる。リュシアは目をつぶって、それでもセイを守るように両手を広げる。
「「リュシア!」」
 呆然と見ていたトゥールとサーシャが、我に帰って声をあげる。だが、それより早く、セイは父親の手首をつかんだ。
「やめろ。」
 強い力でつかまれた手首に痛みを感じているのか、父親は顔をしかめた。
「なんだと…?」
「俺の仲間だ。手を出すな。」
 セイはそう言って、手首を振るようにしてその場から引き剥がした。父親はセイの怒気に 押されながらも叫んだ。
「父親に向かって何をする!!」
 都合の良い時だけ父親ぶるその男の、あまりの力のなさに、セイは驚いた。
 いや、父親が弱いわけではない。自分が、強くなったのだ。当然の事だった。この国で安穏と暮らしている 壮年の男性と、常にモンスターと戦っている青年武闘家の自分では、力を比べるまでもない。
 …それでも、つい先ほどまで父親は、圧倒的に強く思えた。適うわけもない強大な人間に思えていた。
 なのに実際は自分より少し背の低い、ただの男だ。
「なんとか言ったらどうなんだ、流星!!」
 虚勢を張って大声で叫んでいるその様は、むしろ弱々しくて。それがおかしくて、思わず笑った。


 いぶかしげに父親は、こちらを見ている。それでも多少は落ち着いたのか、にらみつけながら怒鳴らずに セイに問いかける。
「何がおかしい?」
「さーな。ともかく、弥生が生け贄になるのは、そのヒミコ様とやらのお達しなんだな?」
 セイの言葉に、父親は目を丸くした。
「何を言っている?もう百年以上も続いてきた伝統ではないか。榊家に足を踏み入れた者がそのような 事を言うなど…。」
「…榊家は代々日巫女様に仕える一族だったんだな。じゃあ、ちょっくら俺は挨拶に行ってくるぜ。」
「なんだと?」
 父親がセイをにらむが、それをもう、ちっとも怖いとは思えなかった。
「これから弥生が世話になるんだろう?それに俺も一応、榊家の長男だ。挨拶しておいても悪くないだろう?」
「何を?お前のようなガイジンの血を引いたものが、榊家の人間であるものか!!日巫女様に何を 言うつもりだ!まさか、弥生の処遇に意義を唱えるつもりではあるまいな?」
 父親は逆上して胸倉をつかもうとして、セイに手首を抑えられる。父親はその痛みに顔をしかめながら、 それでもセイをにらみつけた。
「…ぐ…許さんぞ、流星…、日巫女様の神聖な儀式にけちをつけようとは…。まさか、お前が弥生を 逃がしたのか?弥生の居所を知っているのか!言え!弥生はどこにいる!?」
「知らねーよ。俺がここを出てから8年は経ってるんだぜ?弥生の顔だって危ういんだ。どこに いるかなんて知るわけないだろう?」
「本当だな?!ならばなぜ日巫女様の元へ行こうとするのだ!!」
「国を出た榊家の者が国に戻ってきたのに挨拶なしなんて、それこそヒミコ様がお怒りになっても知らないぜ? 行ってみて門前払い食らったら帰るさ。ヒミコ様はどこにいるんだ?」
 セイの言葉にしばらく悩み、やがてなにがしかの結論が出たのだろう。
「ここから北の原にある、日巫女様の社だ。」
 その言葉を受け取ると、セイはリュシアの手首をつかみ、その場を後にした。


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