水筒の水を布にひたして、リュシアの頬に当てた。
「…悪かったな、リュシア。」
 セイの言葉に、リュシアは首を振る。
「リュシアとセイ、同じだと思ったの。リュシアも、化け物って言われて。だから、言いたかったの。」
「…良く言えてたよ。ありがとうな。」
 セイの言葉に、リュシアははにかんだように笑った。それはそれはかわいらしい笑顔だった。
「あのね、トゥールが昔、言ってくれたの、リュシアに。ギーツに言ってくれたの。それ、思いだしたの。 …だから、あのね、リュシアの言葉じゃないの、ほんとは。トゥールは、凄いの。」
「…そうだったっけ?」
 後から追いかけてきたトゥールが、首をかしげる。だが、サーシャが首を縦に振る。
「ああ、覚えているわ、私。あの時のギーツは…本当にきつかったから…。」
「うん、ギーツ怖かったの。でも、トゥールが守ってくれたの。」
 リュシアが思いだしたのか、頬を桜色に染める。そんなセイは、リュシアの頭を軽く撫でた。
「そっか。でもさっき言ってくれたのは、リュシアだからな。…ありがとうな。」
 リュシアは、少し考えてこくんと頷いた。


「でも驚いたわ。あんなにリュシアが話したの、初めてかもしれないわね。良く頑張ったわね。怖かったでしょう?」
 サーシャは頬の痛みを治療しながら、優しい笑顔でそう言った。その横では トゥールが、
「本当に、僕も初めて聞いたかも。驚いて動けなかったよ。リュシア、凄かったね。」
 そう笑って、リュシアは飛び上がりそうなほど嬉しかった。赤くなってうつむく。
「二人も悪かったな。嫌なもん見せて。」
「気にする事ないよ。ヒミコの事もわかったし。…でも、百年以上って本当なのかな…?セイ、知ってる?」
 トゥールの言葉に、セイは少し考えて、苦笑を浮かべた。
「さーな、親父は万事あの調子だったし、俺は家の事ほとんど何にも知らないんだよ。…とりあえず 会って見りゃわかるんじゃねぇの?」
「セイとリュシアのおかげで、ヒミコの居場所もわかったしね。あの不思議な門のところかしら?」
 サーシャの言葉に、立ち上がりながらセイは頷く。
「多分な。あれは『鳥居』って言って神様の居場所への入り口の象徴なんだ。ヒミコが神に近いって言うなら 多分あそこにいるんじゃねぇの?」
「そうだね。それじゃあ行こうか。リュシア、立てる?」
 トゥールはリュシアに手を伸ばす。リュシアは幸せそうにその手をとって、ぎゅっとつかんだ。
「痛くない、ありがと、サーシャ。トゥールも、ありがと。」
「あはは、僕は何もしてないよ。さ、行こうか。」
 そう笑うトゥールの笑顔を、リュシアはまぶしいと思った。


 ほのかに漂う、木と草の匂い。大きな屋敷に入った瞬間、トゥールたちはそれを感じた。
「へぇ…変わった作りだね。」
「あー、トゥール、靴脱げ。」
 あがりこもうとしたトゥールを、セイは制した。
「え?なんで?」
「畳が汚れるだろうが。ここはそれが礼儀なんだよ。ほら、サーシャとリュシアも脱いであがれよ。」
 そう言って、セイは靴を脱いであがる。三人はもたもたと靴を脱ぎ始めた。
「タタミって何?」
「この床の事だ。」
「なるほど、だからここの人たちは、脱ぎやすそうな靴を履いてるんだね。」
 なんとか靴を脱いで座敷へあがった。なんとなく不思議な感触だった。
「…ガイジンの方、日巫女様の屋敷へ、なんの御用でしょう…?」
 先ほどあった女性と同じ赤い衣を付けた女性が、こちらに来た。
「…榊に縁を持つもの。ヒミコ様に挨拶に参りました。」
 セイは真面目な顔してそう言った。しばらく女性はじろじろと見ていたが、やがてしぶしぶ頷いた。
「そうでございますか。わかりました。ですが、日巫女様はガイジンはお好きでは ありません。どうぞ日巫女様に失礼のなきよう、お願いいたします。」
 その言葉に、セイは一礼をして立ち去る。三人が後を追った。
「…まさか、こんなことを名乗る日が来るとは思わなかったぜ…。」
 心底嫌そうに、セイはそう言う。トゥールが背中をぽんと叩いた。
「セイのおかげだよ。ありがとう。」
 四人は奥へと進んで行く。どうやらこの屋敷は一階しかないらしく、階段がなかった。セイは ずんずんとヒミコのいる部屋は、一番奥間へと進んだ。


 紙に模様が書かれた不思議な壁を、セイは滑らせて開ける。
「なんじゃおぬしは?何用じゃ?」
 扇子で顔を隠した女性が、こちらを見ていた。ぎらりと光る、細い目。黒い髪の細面。その着物はハッとするほど美しかった。 どうやらこの女性がヒミコなのだろう。
「俺は…」
「いや、答えずとも良い!!わらわにはわかる。そのいでたち、異国のガイジンであろう! この国の噂を聞き付けてやってきたのか?」
 ヒミコは高く笑った。
「おろかなガイジンよ。わらわはガイジンは好かぬ。この国の風習を否定し、そなた等の国の色へと塗り替えようと する野蛮な行為はこの日巫女が許さぬ。早々に立ち去るのじゃ!」
 ヒミコはそう言って扇子をこちらに向けて扇ぐ。どうやらこれ以上、話をできそうにない。トゥールたちは顔を見合わせて、 ヒミコに背を向けた。
「よいな!くれぐれもいらぬことをせぬが、身のためじゃぞ!」
 背中に言われたヒミコの言葉に見送られ、トゥールたちは屋敷を出た。


 ヒミコ登場ー。ヒミコが卑弥呼ではなく、日巫女という漢字を使っているのは、私のしょうもないこだわりです。
 昔ある本に「ヒミコを卑弥呼と書くのは、大陸の方で、ヒミコを蔑んで書いた言葉。本国では『日霊女(日巫女)』 と書かれていた、というのを見まして「そうだよな!自国の女王に「卑」って言葉、使わないよな!と うろこが落ちまして、こうさせていただきました。見難かったらごめんなさい。
 さて、セイが主役とおもいきや、おいしいところはリュシアにとられました。こんなに話させたの、初めてじゃないかしら (笑)
 次回はもうちょっとセイの見せ場があると思います。それでは次回は弥生さん登場です。

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