「え…?」
 弥生はしばらく考える。そして小さくつぶやいた。
「…家から北にしばらく…あ…れ…?どう、して、あそこには…。」
「俺達はヒミコの屋敷に行った。入ったら、草と木の匂いがした。タタミの匂いは良い。偉い屋敷で 常に新しいのを使っていると思えば。なぁ、でもあの匂いは、まだ新しい。せいぜい3年くらいの 匂いだった。」
「それって…?」
 トゥールの言葉に、セイは頷く。
「人が100年、若い姿のままで生きるわけないんだ。俺はヒミコもヤマタノオロチも知らない。知ってるなら弥生を 置いて行ったりしない。…なぁ、弥生、思いだせ。あの草原は確かにあった。じゃあ、ヒミコの 屋敷は?」
「そんなはずはありません!日巫女様は…。」
 声をあげる弥生の目をしっかりと見つめながら、セイは言う。
「俺の目を見ろ。俺を信じろ、弥生。…ヒミコは俺の顔を知らなかった。榊の家に生まれた、白い髪の人間をそんな目立つ 人間をヒミコは知らなかったんだ。思いだせ、ヒミコはいつ来た?!」


 止まった時の中で、じっと見つめあう兄妹。だがやがて、妹の体が震えた。
「あ…あ…。」
「大丈夫か?」
 弥生は小さく頷き…そしてもう一度大きく頷いた。
「…日巫女様…ヒミコが来たのは、今から5年位前 。色々予言してもらって、私達はヒミコを歓迎して社を建てました。そしてしばらくして… 八岐大蛇が現れました。ヒミコは生け贄を捧げれば良いって言って…言って…私の友達の、楓が…。 それから不定期に、生け贄が選ばれます…なのに、いつのまにか、私達はもうずっと、ずっと こんなことが続いてるって思いこんで…。」
「もういい、弥生。」
 セイは震える弥生に優しく声をかけた。弥生はそっと力を抜いて、呆然とつぶやく。
「怖い…怖い…どうして、事実が二つあるのですか…。私たち、どうしてしまったのです…?私は、何を信じれば…」
 目の前にいる男は、本当に自分の兄なのか。それすらあやふやだった。なにせ最後にあったのは5歳の頃なのだ。 どちらを信じれば良いのか、わからなかった。

 そこに、優しい声がした。
「大丈夫、心配しないで。必ずなんとかしてみせるわ。生け贄になんて、貴方がそんな風になってはいけないから。」
 目の前にいる青い髪の女性は、まるで包み込むような声でそう言った。
 優しくて、そのまますがりつきたくなる。だが、そうしていいのか分からない。
 本当は日巫女様が正しくて、異国の人たちがこの国を滅ぼそうとしているのではないか… そう考える自分もいた。
「…弥生さん。大丈夫です、信じてください。」

 今度は、少し低く、澄んだ声だった。まっすぐ見つめる青い目。
「混乱しているのは分かります。誰も犠牲になんてさせません。弥生さんも、この国も。僕は、僕達は そのために旅をしてます。…僕が信じられないなら、セイを信じてください。僕はセイの味方だから。」
 声が胸に響く。青い目が頭の中に染み入る。
(ああ、大丈夫だ。)
 何故か弥生は、そう感じた。
 この人なら、きっと大丈夫、と。きっと、なんとかしてくれる。何故かそう信じることができた。
 横にいる、すっかりと成長した兄を見る。兄は、かつて見た諦めたような寂しい顔とは違う、生き生きとした 表情だった。
「…大丈夫?」
 黒い髪の女の子が、小さな声でそう問いかけてきた。
「…はい、申し訳ありません、取り乱しました。…大丈夫です。どうか、この国をお願いします。」
 三人に向かって頭を下げると、兄が少し嬉しそうに頭を撫でた。それは、かつて感じた温かさだった。
「本当に大きくなったんだな、弥生。大丈夫だ。安心しておけ。絶対俺が守ってやるから。」
「…うん。」


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