〜 白銀(前編) 〜



 雨が降りそうな空。暗雲が集まる様を見て、四人は近くの村へ宿を求める事になった。
 バハラタのある大陸の一番東。川沿いにある小さな村に船を止める。
「まぁ、あんまり旅人もいない村だから大丈夫だろうが、とっとと宿をとっとくぞ。」
 セイが先頭を切って宿に向かう。
「雨が降る前に買い物しておきたいんだけどな…。」
 周りを見渡すと、あまり人が外に出ていない。小走りで家に帰っていく少女、籠を持って歩いている女性、 荷物を抱えた二人組みの男…。
 雨が降りそうなせいか、それとも人口が少ないのか。どれほど物が仕入れられるか。その考えが伝わったのだろう、 セイはトゥールをいさめた。
「…いや、明日にしとけ。雨降って物が濡れたら意味がないだろ。別に焦る必要はないんだ。」
「頭目!!」
 声がした。セイがそちらを向き、顔をこわばらせる。先ほど見た二人組みの男たちが、こちらに走ってきた。
「…じゃ、そういうことで。」
 セイが急いで宿屋に駆け込もうとする。
「ちょ、ちょっと待って、頭目って、セイの事?」
 サーシャの言葉に、セイは顔をこわばらせたまま否定する。
「違う違う違う!」
「頭目、セイ頭目!!やっと見つけました!!」
「おかしら、ようやく出会えました!!」
 セイの言葉もむなしく、男たちはセイの腕にしがみついた。

「違う、俺はお頭じゃない、離せ!」
 セイが振り払うと、セイより10も上の男たちはまるで土下座でもするかのように、地面に座り込んだ。
「帰ってきてください、お頭!」
「ずっと頭目を待っていたんです。俺たちの頭は白刃のセイしかいません!」
「何のためにだ、もう2年にもなるんだ。だいたい俺がお頭だというなら、なんであの命令が聞けてないんだ。」
 セイの言葉に、男たちは哀れな声を出す。
「あれは…、でも、お頭は」
「命令の聞けないお頭なら、いても意味がない。命令をきくのなら、俺はお頭になってない。…どちらにせよ、俺は お頭なんかじゃないはずだ。違うか?もう2年以上経ってる。俺がいなくても団が持つなら、俺なんかに 頭目やらせるより、今リーダーシップをとってるやつにやらせろよ。」
 話を途中で割り込んで、セイは冷たくそう言い放った。
「それでも、俺たちの盗賊団のお頭は、白刃のセイだと思ってる者も多いんですぜ。」
「……のいない盗賊団に、なんの意味があるんだ…。」
 誰にも聞こえなかったセイの小さな小さな呟きは、あまりにも切ない響きを持っていた。
「…ともかく、俺はもう盗賊から転職したんだ。足も洗った。悪いがあきらめろ。」
「幸いダーマは近くです。また転職していただければ…、」
 言いかけた男の言葉に、ただでさえ温和でなかったセイの空気がより物騒なものに変わる。
「…帰れ。聞こえなかったのか?盗賊として突き出してやろうか?!アジトの場所をばらさないのが 温情と思え!!」
「セイ、ちょっと待って、それはあんまりだよ!そこの人たちもセイはこう言ってるんです。あきらめてください。」
 真っ青になった男たちとの間を取り持つように、トゥールは思わず口を出す。
「この2年、もちろん離れて行ったものもおります。ですが、いつかお頭の帰りを待っていたものも多いんです。そして 最近、戻ってくるものも多くなりました。みんな、あの場所が好きなんです。」
「だったらお前たちで守れよ。あんな意味のない因習なんて捨ててしまえ。」
 セイの言葉に男たちはまじめな顔をする。
「…当時はそうだったかもしれません。でも今は、白刃のセイの名が高まった今となっては、皆貴方の下で 働きたがっています。ですから…。」
 周りの葉が軽い音を立て始めた。雨が降り始めたのだ。ゆっくりとした雨は、やがて6人の髪をぬらす。
「…もし俺がお頭になったとしても、命令はあの時と同じだ。それが嫌なら帰れ。」
「帰りません!お頭がうんと言ってくださるまで、俺たちはここを動きません!!」
「間違っても言わない。帰れ。」
 雨はさらにきつくなり、体を冷やす。座り込む男たちに、サーシャは優しく告げた。
「…このままでは風邪をひくわ。…お二人ともとりあえず、今日は引いていただけませんか?」
 その美しさに一瞬魂を奪われたかのように息を飲んで固まるが、なんとか持ち直したように、否を唱えた。
「ですが…。」
「明日の朝、またいらして下さい。」
 サーシャの言葉に、セイが怒鳴る。
「勝手なこと言うなよ、俺は!!」
「事情は良くわからないけれど、こんなところで座り込まれたら宿の人に迷惑よ。それから…お二人も良く考えて下さい。貴方達以外の お仲間の方も。私は盗賊のことは良くわかりませんけれど、嫌々やらせて勤まるものなのかどうか。無理に連れて帰っても 逃げ出すだけだってことを、良く考えてから来てください。」
 女神の神託のごときサーシャの言葉に抗えるすべもなく、男たちは雨の中、走り去っていった。


「うーくそ、冷えたな。」
 雨に濡れた体をタオルでぬぐいながら、セイは毒づく。
「濡れた服貸してよ。ここで干すからさ。」
 あの状況でちゃっかりと宿屋に入り、部屋を取っていたために濡れなかったトゥールが、部屋にかけた綱にセイが脱ぎ捨てた濡れた服を 引っ掛けていく。
「多分明日には乾くよ。」
「…お前って馬鹿正直のわりに、時々ものすごく要領がいいよな…。」
 呆れてそうつぶやくと、トゥールはふざけた口調で仰々しく礼をしながら答えた。
「お褒めいただき光栄のいたり。」
「…褒めてねーよ。」
「知ってるよ。」
 トゥールはあっさりとそう言うと、鼻歌を歌いながらタオルに包んで服を絞り、そのまま洗濯物を干していった。
 小さくノックの音がした。
「サーシャとリュシアよ。熱いお茶を持ってきたんだけれど、入ってもいい?」
 サーシャの声に、セイは急いで服を着て、扉を開ける。大きなティーポットをもったサーシャと、クッキーのお皿とタオルをもった リュシアが入ってきた。

「まだ髪、濡れてねぇ?風邪引くぞ。」
「よく拭くわよ。…トゥールほとんど無傷ね。」
 リュシアから手渡されたタオルで頭を拭きながら、サーシャも呆れたように言う。」
「部屋とっておいたほうがいいと思って。おかげで2部屋取れたんだから褒めてほしいんだけどな。」
「トゥール、えらいの。」
 同じく髪をぬぐいながら、リュシアは微笑む。そうしていると、いつもよりぐっと大人びて見えるから不思議だった。
「…悪かったな、二人とも。」
「こっちこそ、勝手な真似してごめんなさい。」
 そう言って髪をぬぐうサーシャは、完成された絵画のように美しかった。…たとえ背景にセイの服が干されていても。
「いや、助かった。明日になれば少しは頭も冷えてるだろ。…で、聞きたいか?」
「…セイが言ってもいいって言ってくれるならね。誰にでも口にしたくないことはあるだろうし。」
 トゥールの言葉に女二人は大きく頷いた。
「…タオルまで持ち込んでおいてよく言うな。」
 笑うセイにサーシャとリュシアはあせって首を振る。
「ちが、いや、ちょっとはあったけど、でも別にそんなつもりじゃなくて、本当に言いたくないなら聞き出すつもりなんかなかったのよ、 本当よ?」
「冗談だよ。」
 くるくる口を動かすサーシャと、真っ赤になって首を一生懸命に振るリュシアが面白くて、セイとトゥールは笑った。
「せっかくだから座ろうよ。…でも本当に話してくれるの?…言いたくないことなんじゃないの?」
 全てではないけれど、セイの過去は知っている。それは、思い出すだけで辛い事のはずだった。
 トゥールに促され、四人はそれぞれ円陣を組むように座る。
「…いいさ。…そう言えることが俺、ちょっと嬉しいんだよな。こうして口に出せるってことが。…それにな、 悪いことばかりじゃなかったしな。」
 そう笑ったセイの表情はどこか柔らかく、空気をほぐしていった。
「…さてと、どっから話すかな、そうだな…俺には、三人、父親って呼べるやつがいた。」
 そんな過去の話にふさわしく、雨は少しずつ強くなっていった。



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