その日は、暖かな買い物日和だった。 「なにやってんだよ、化け物。」 かけられた言葉に、リュシアは涙目になる。 「化け物が町を出歩いてるなよな!」 「やーい化け物化け物!」 子供と言うのは残酷なもので、面白半分で異端児をあぶりだし、攻撃の対象とする。 そんな子供達にとって、捨て子のリュシアは格好のいじめの対象だった。 今日はたまたま運が悪かったのだろう。お昼過ぎ、店の食材が足りないからと、育ての母であるルイーダに頼まれて 買い物に出かけた矢先、城につながる目抜き通りで いつもリュシアをいじめるギーツとその取り巻きに遭遇してしまったのだった。 きょろきょろと周りを見回すが、助けてくれそうな人はいない。そもそも遠くから見たら、子供達が 遊んでいるようにしか見えないだろう。 リュシアは勇気を出して、ギーツを見る。 「なんだよ、化け物!ルイーダさんに悪いと思わないのかよ!」 「リュ、リュシア、化け物じゃ、ない。」 震えながら言った言葉は、リュシアにとって精一杯だったが、言われたギーツたちは馬鹿にしたように笑う。 「なんでそんなことが言えるんだよ、どんな親か知らないくせに。」 「化け物じゃないなら、なんだって捨てられたんだよ!」 「やーい、捨て子捨て子!」 楽しそうに、リュシアに言い返す。それに返す言葉はリュシアにはなかった。なぜ捨てられたのか、親がどんな人間なんか わからないのは事実なのだ。 言われるのが嫌だった。だから、もう無視して買い物に行こうかと思った。だが、道はギーツ達にふさがれている。 「…買い物、行くの…。」 小さな声で言った言葉は、ギーツ達に笑い返される。 「え、なんだって?!」 「化け物がどこに行くんだよ!」 「何持ってるんだよ、よこせよ!」 からかっていた一人が、リュシアが持っていた買い物籠を奪い取ろうとする。 「駄目!」 これは、ママに頼まれた大切なおつかいなんだから、と思うリュシアの心は当然届かない。リュシアは必死で抵抗するが、 やがて、買い物籠は男児の手に渡った。その時。 「やめろよ、そういうことするの。」 まさに、リュシアの王子様がその籠を男児から奪い取っていた。 「トゥール!」 「リュシア、大丈夫?」 トゥールはリュシアに籠を返す。トゥールの姿を見て、いい気分でリュシアをいじめていた男児達がざわめいた。 勇者オルデガの息子であり、第一の勇者の儀式をクリアしたトゥールは、アリアハンでは一目置かれる 存在だった。それでなくても、やがて勇者になることを目標としているトゥールは、喧嘩に強い。 ここは分が悪いと、ギーツの取り巻き達は居心地が悪そうにうつむく。 「…悪かったよ。」 ギーツはそれが気に入らない。いつも色々買ってやっていい目を見せてるにも関わらず、トゥールに下手に出る 取り巻き達も、調子に乗ってるトゥールもだ。 「な、なんだよ、お前には関係ないだろ!だいたい、お前も勇者の息子なら、化け物を退治するべきだろ!?」 その言葉に、トゥールはギーツに睨み返す。持っていた練習用の刃をつぶした剣をギーツに向けた。 「リュシアは化け物なんかじゃない!僕の大事な幼馴染だ!それ以上言うなら許さないからな!」 その言葉に、取り巻き達は完全に怯える。ギーツの服のすそを引っ張った。 「もう行こうよ、ギーツ。」 「トゥールと喧嘩したなんてばれたら怒られるよ。」 そうささやかれ、ギーツは悔しそうに二人をにらみつけると、そのままその場を立ち去った。 「大丈夫?」 トゥールの優しい笑顔に、リュシアは何度も頷いて答える。嬉しくて嬉しくて、顔が赤くなる。嫌なことが あったけれど、それを打ち消すくらい幸せだった。 「どこ行くの?…買い物?ってことは、中央市場?」 トゥールの言葉に、リュシアは再び頷く。 「そっか、じゃあ、そこまで一緒に行くよ。またギーツにあったら嫌だろうし。」 その言葉が嬉しくて、リュシアはこくこくと頷いた。 そうして二人で歩いていく。大体トゥールが何気ないことをぽつりぽつりと話し、リュシアはそれに小さく頷いたり、 言葉をささやかに返していく。それが本当に嬉しくて、幸せな時間だった。 そうして、市場の手前で見知った人物に会う。 「あ、トゥールにリュシアだ。これからお買い物?」 「サーシャ。」 教会の娘のサーシャ。サーシャの母がオルデガと親しかったことから、トゥールとも縁深く、その関係でリュシアとも よく遊ぶ。とても優しくて可愛くてリュシアもサーシャが好きだった。 「私もお使いなの、良かったら一緒にいこう?」 サーシャの申し出に、トゥールも嬉しそうに言った。 「あ、ちょうど良かった。リュシア、一緒に行きなよ。僕戻らないと。」 「…トゥール、その格好、もしかして、お城の訓練中だったの?大丈夫?」 考えてみれば、トゥールは今はお城で剣術を習っている時間のはずだった。心配そうに言うサーシャに、 トゥールは少し困ったように笑った。 「ちょっと抜け出して来ちゃったんだ。怒られてくるよ。」 「あー、いけないんだー。くすくす。訓練頑張ってね、トゥール。」 楽しそうに笑うサーシャと目を丸くするリュシアを置いて、トゥールは城の方へ駆けていった。 真っ黒な海を見ながら、セイはため息をつく。見張りをしていたセイに暗すぎて眠れないと押しかけてきた リュシアの昔話に、セイは呆れたようにコメントする。 「…そりゃまぁ、惚れもするわな。」 「…幸せだったの。トゥールがいればね、他に何にも要らないと思った。」 そんな話を聞かされて、セイは胸がちりりと痛んだ。だが、リュシアはそれに気づいた様子もなく、話を続けた。 「…でもね、わたし、思うの。トゥールはわたしのこと好きじゃなかったのに、そうしてくれるから、素敵なんだって。」 「ん?」 時間的には、深夜近い。毛布にくるまれているリュシアは眠いのだろう、うとうとしながら寝言のように話す。 「好きだから、助けてくれたんじゃないの。困った人がいたから、助けてくれたの。それができるから、トゥールは 勇者なの。…きっといじめられてたのがセイでも、おんなじように助けてくれたの、思うの。ギーツも、助けてたし…。」 そう言われてセイはあの商人の町を思い出す。あのギーツは今、どうしているのだろうか。 「ああ、そういえば、そんなことがあったな。」 「う…ん。」 眠そうに目をこするリュシアに、セイは苦笑する。 「眠くなったんなら、部屋帰って寝ろよ。風邪引くぞ。」 セイの言葉に頷いて、リュシアは部屋へと戻っていく。それを笑顔で見送った後、セイは小さなため息をついた。 見張りを交代して部屋に戻ったセイは、その話に影響されてか、おかしな夢を見た。 両親に殴られる、よく見たいつもの夢。その幼いセイをかばって、子供のトゥールが両親に食って掛かるのだ。 「セイは悪くなんかない、どうしてセイをいじめるんだよ!!」 そう叫ぶトゥール。そうしてトゥールはセイをそこから連れ出し、子供のサーシャとリュシアと四人で アリアハンの町で遊ぶ。そんな、ばかばかしくて…楽しい夢だった。 (さすが夢、設定がむちゃくちゃだな…。) 最初の場面はジパングなのに、家を出たとたんアリアハンになっていたり、親は流星と呼ぶのに、トゥール達は セイと呼びかける。そもそも夢の中のセイとトゥールは同じ年くらいだった。整合性が取れていないにもほどがある。 そんなことを思いながら、セイはベッドから立ち上がり、薄く笑ったまま部屋を出た。 せっかく三人組は幼馴染という設定なので、子供時代の話をやってみようと思いました。 だいたいリュシア8歳、トゥールとサーシャが9歳くらいです。まだサーシャ母が生きているので、 サーシャはお城へは行ってません。リュシアは本日手伝いがあるのでお休みでした。 サーシャがトゥールに対して怖いとか思っていない、トゥールもサーシャに特別な思いを抱いていない時代です。そう 考えるとリュシアはおしゃまさんですな。 |
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