〜 お伽話の続き 〜



 サーシャが知っていることと言えばごくわずか。
 トゥールが三人に頭を下げて、神竜にもう一度挑みたいと言って来た事。(もちろん そんな他人行儀なと怒鳴りつけたのはサーシャだ。)
 そうして、満身創痍でなんとか神竜に打ち勝ち、
「父さんを、アリアハンに、母さんの元に戻すことは、できますか?」
 そういった声がほんのわずかだが、震えていたこと。
 そして帰ってきたアリアハンが、オルデガが帰ってきたと喜びにあふれていたことだ。

「俺は遠慮しとくわ。オルデガにも特に思い入れないしな。あーつっかれた、宿屋でちと 休むわ。」
 トゥールの家の前で、あっさりとそう言い放つと、こちらを見もせず、手だけでひらひらと振りながら 去っていった。
「……リュシアも、いてもいい?」
「うん。」
 トゥールはそれだけ言う。横にいるサーシャは、もう聞くどころではなかった。心臓が緊張で 高鳴っていて、それどころではなかったからだ。
 トゥールは震える手で、玄関を開ける。
「トゥール!!」
 そこには、感激のあまり涙ぐんでいた母親と、かつてあのゾーマの城で今生の別れを交わした、 父親の姿があった:
「トゥール、おかえりなさい……父さんが、父さんが戻ってきたのよ!もう嬉しくて……。」
「うん、母さん……父さん、お帰りなさい。」
 泣く母親の背中をなでながら、トゥールは父親にぎこちなく微笑んだ。
 オルデガも何も言わなかった。ただ、立ち上がり、あちこちに傷がついた体で、その大きな手で、 もうすでにオルデガ以上の偉業をなしとげた勇者トゥールの頭をやさしくなでた。
「ありがとう、トゥール。ただいま。」
「うん。」
 そうして、トゥールの母が涙を拭き、オルデガを見つめあい、笑いあった。
 その様子を横で見ていたサーシャが号泣した。まるで堰切ったかのように、涙が溢れ出す。
「サーシャ?」
 そのあまりの唐突な涙に、トゥールが声をかけるが、サーシャは返事することすらできなかった。
 こんな光景、決して見られないと決められていた。
 それは、自分がこの世に生まれた意義だから。勇者オルデガが失敗することがわかっていたからこそ、自分が生まれた。
 自分こそが、オルデガが死ぬ証明。だから、メーベルとオルデガは二度と会えないはずだった。
 けれどトゥールはそれすら越えて。この光景を導き出した。
 この光景が見たかった。母が語るオルデガの思い出。記憶。その愛しい声音を。
 母が、トゥールが、自分が。望んでいたこの光景をこうしてみることができて。
 サーシャはただ、涙を流すことしかできなかった。
「ステラの娘のサーシャ、だったね?」
 オルデガにそう語り掛けられ、サーシャは泣きながらうなずく。
「また、ステラにも報告に行くよ。どうしてる?」
「……は、母は……7年前に……、魔物に、……。」
「……そうか、そう、だったのか……。」
 かつて、仲間だった人間の死。そしてそれをおいて旅立ったにも関わらず、オルデガは世界を救えなかった。そして、 それは、鍵である、自分が……。
「ご、ごめんなさ……、」
「サーシャが謝ることじゃないよ。ステラ、怒ってただろうな。……それじゃ、お墓に報告に行くよ。いいかな?」
”母も喜びます”そう言いたかったが、サーシャはただ、うなずくことしかできなかった。
 このままでは困らせてしまう。サーシャはそう思って、リュシアの袖をつかむ。
「……帰る?」
 リュシアの言葉に、サーシャはうなずく。
「そう言ってるから、リュシアたち、帰る。おめでとう。ゆっくりして。」
 リュシアの言葉に、トゥールたちはそれぞれ笑顔で答え、リュシアはサーシャの手を引いてトゥールの家を出た。
「……良かったね。」
 リュシアの言葉に、サーシャはまるで子供のように泣きじゃくった。リュシアはサーシャの手を引きながら、何も言わずに 家路を歩いた。


 次の日。泣き続けたサーシャが目を覚ましたのは昼過ぎだった。神竜との戦いもあり、疲れていたのだろう。
「ごめんなさい、私、何もしないで……。」
 リビングにかけこむと、シドニーがにっこり笑って迎えてくれた。シェリーはどうやら座れるようになって、おもちゃに 夢中らしい。
 そして二人を面倒見ながら、ルイーダがにっこりと笑った。
「あら、おはよう。疲れているのね、無理もないわ。リュシアもまだ寝ているのよ。お昼ごはん食べてちょうだい。」
「あ、はい、すみません。忙しいのに……。」
 サーシャがそういうと、ルイーダは何も聞かずににっこりと笑う。何も聞かないこの空気は、さすが元酒場の女主人だろう。
「シェリーたちもこの通り落ち着いたし、お家のことくらいはできるわ。だからサーシャちゃんもゆっくり休んでね。」
「はい、ありがとうございます。……じゃあ、あの……お言葉に甘えて……。」

 風渡る墓地。サーシャの母の墓の前には、美しい百合の花が供えてあった。
「……オルデガさま、かしら。」
 サーシャは母の墓の前にしゃがむ。
「ねぇ母さん、オルデガ様が帰っていらしたの……いいえ、トゥールが連れ戻してくれたの。……母さんはどう思っている? せっかく会えたのにって怒ってる?」
 サーシャはしばらく母親と語る。
 母はどう思っているだろうか。自分は生き返らせてくれないのかと怒っているだろうか。死者はなにも語らない。 そして、帰ってこない。
 オルデガの意識がどうなのか。そもそもあれは本当に死んだのか違うのか、わからないし確かめる気もしないけれど。
 トゥールがしたことは正しいことだったと、少なくともサーシャはそう思う。
「私は、嬉しかった。こうして死んだ母さんにこんなことを言うのもなんだけれど、でも。トゥールが 私の罪を消してくれたそんな気がして。……薄情な娘でごめんなさい。」
 オルデガが死ぬことを想定して生み出された『聖なる守り』逆に言えば、世界のために力を注ぐことを宿命付けられ ながら、オルデガは世界を救えないことを約束させられた、トゥールとは別の意味のいけにえだったのだ。
「ねぇ、母さん。私ね、少しずつ人に近づいている気がするの。この間、初めて風邪も引いたわ。……いつか、 そこに、母さんと同じ場所にいけるのかしら?」
「それより先に、幸せになることを考えるべきだと思うけどね。」
 そんな声がして、思わず顔を上げる。
「トゥール!聞いてたの?!」
「ごめん、ちょっと散歩したくて歩いてたんだけどね。」
 トゥールはにっこりと笑って、こちらに手を振った。


 母の墓に別れを告げて、サーシャはトゥールと並んで歩く。
「もしかして、私に何か用なの?」
「用、といえば用なのかな……?」
「なぁに?オルデガ様のことで何かあった?」
 トゥールはサーシャのほっぺたを、弱めにつまむ。
「父さん父さんって、帰ってきて嬉しいのはわかるんだけどさ。僕が会いたいって思ったらいけない?」
「べ、別に、いけないわけじゃ、ない、けど……。」
 サーシャの顔が真っ赤に染まるのを見て、可愛いなあと思いながらも、トゥールは手を放す。
「泣いてくれてありがとう。」
「え?」
「泣いてくれて嬉しかった。サーシャがそうやってくれて、僕は本当に良かったなって思えたよ。サーシャがいてくれてよかった。」
「そんな……恥ずかしいわ。部外者なのに、あんなふうに泣いてしまって。それに、私が嬉しかったから泣いただけよ。」
「でも、ありがとう。自分だけのためじゃなくて、サーシャのためにもなったんだって思えて、本当に嬉しかったから。」
 そうして、二人はあてどもなく歩いていく。ただ、こうして側にいる時間が心地よい。
「そういえばさ……この間、捕まったときにさ、王女に聖なる織り機の話をしたんだよ。」
「ああ、あの話。リュシアがお気に入りなのよね。シェリーたちにもよく話しているわ。」
「うん。僕が最初にあの話を聞いたときにはさ、幸せになって良かったねってそれしか思わなかったんだど。 リュシアはあんなふうになりたいって言って、物語っていろんな感想があるんだなって思ったんだ。」
「ちなみに、あの王女様はなんていったの?」
 サーシャの言葉に、トゥールは小さく笑い出す。
「な、なに?」
「ううん、あの子はね。『なんだ、あなたそんなのがほしかったの、おもしろそうね。せっかくだから特別に 作ってあげるわ。それがあれば一緒にいるわよね』って言って、家来に何か命令してた。」
 その言葉に、サーシャは呆けた顔をした。
「……聖なる織り機って作れるのかしら?」
「さぁ、世界樹を切ろうとしたりしなかったらいいんだけど。切れないだろうけどね。」
「さすがに大きいし、罰当たりだと思うわ。でもお伽話の実物ができるっていうのは興味あるわね。私も 昔……」
 そうして結局、教会の前に帰ってきた。気がつくと、夕闇の迫る時間。そろそろ別れの時間だ。
「でもこれでさ、僕もようやく全部終わったんだなーって。」
「そうね、お疲れ様。トゥールがいてくれたから、こうして皆が幸せに笑っていられるのね。」
「今までのさ、僕の話が、もしお伽話になったら、皆どんな風に思うのかなって思うんだよ。僕を すごいって思ってくれる人もいるかもしれないし、僕みたいになりたいって思ってくれる 人もいるかもしれないし、……サーシャみたいに僕が倒してきた人たちを想う人たちも いるかもしれない。もしかしたら僕が悪役になってるかもしれない。」
「そんな……。」
 トゥールは立ち止まり、サーシャの手を握る。
「でも、きっとサーシャが僕の側にいたら、信じてくれたら、僕はそれで自分を信じられる。信じられる 自分でいようと思える。……だから、ずっと僕の側にいて、サーシャ。」
 その言葉は、まるで。
 サーシャは『そう』受け取ればいいのかわからなくて。けれど嬉しくて。ただあえぐようにうなずく。
 そんな二人を、夕日は赤く照らしていた。



 ただいちゃいちゃする話を書いてみよう企画→失敗。という話でした。
 あとうっかりペルポイの話しに聖なる織り機の話題を織り込み損ねたのでこっちに 書いてみた。あの話は本来、2で聖なる織り機がある理由を書くために作った話なのでした。 なんで消しちゃったんだろう。

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