〜 やすらぎの場所 〜



 そこは教会通りというシンプルな名がついた、町のはずれの道。
 かつてゾーマの軍勢が城に攻め入ったさいに、神父が教会を放棄して以来、寂れた通りだった。
 だが、最近ある商売によって、ある一定の時間だけ、それなりに人が集まるようになっていた。

 その時間が近づくと、あるものは寝椅子を広げ、あるものは建物から看板を出す。ただし呼び込みをしないことは 暗黙の了解だった。
 安いものには外のテーブルと椅子、それにジュースのおまけつき。高級な店は窓を開け放った部屋の高級ベッド。
 人々は安らぎを、あるものは挑戦心を持ってそれに挑む。庶民から貴族までが集まる、ラダトームの新しい名物だった。
 昼下がりのその時間。始まりまぎわになると、店員たちの多くは耳栓をつける。
 そして、漏れ聞こえるその歌声に、安らかに体をゆだねるもの、抵抗しようとして落ちるもの、さまざまではあるが、 結局ほとんどの人間はその子守唄に極上の眠りを誘われた。


(相変わらずだな……)
 うたたね通り、と呼ばれるようになったその道を、セイは一人歩いていく。
 リュシアが教会を買い取って孤児院を始めるようになって3年になった。最初は20にも満たない小娘が ナマイキなことを始めたと反発も多かったようだが、今では商売に使われるほどに受け入れられているらしい。
 ここで育てられた人間は真人間になり、文字や計算はもちろん、教育を受けた人間は魔法や剣術さえ使えるようになる、とあえて 手伝いのような形で子供を預けるものも少なくない。
 道のあちこちで眠っている者たちを見ながら、セイは聞こえる歌声に耳を澄ます。
 ようやく耐性ができてきた自分でさえ、気がつけばその歌声に吸い寄せられそうになるのだから、 リュシアの魔力はいまだにおそらく世界一の、いや二世界一の実力だろう。


「よ。」
 セイは教会の扉を開けると、寝ている子供たちを起こさないように小さな声を出した。
「セイ!お帰りなさい。」
 相変わらずリュシアは変わらない笑顔を浮かべる。22歳になっているはずだが、どう見ても17歳くらいだった。もっとも セイもこちらの人間よりも童顔らしく、せいぜい20歳前後に見られるのだが。
「変わりねーか?」
「セイも元気そう。」
 そう挨拶を交わす礼拝堂では、すでに昼寝などしない年齢の子らが、一生懸命勉強をしている。それでもセイが 気になるようで、ちろちろとこちらを見ている。セイのことを知っている子供も多く、 嬉しそうに小さく手を振っている。
「まぁまぁ、セイさん、いらっしゃい。」
 そうにこにこ笑うのは、40歳くらいのモーリー。
「リュシアさん、折角ですから休んでください。」
 未亡人だというニーナだった。二人はリュシアがここを始めてすぐに働き出し、ここに良く訪ねてくるセイを良くしてくれていた。
「セイ、お茶にしよう。」
「ああ。これ、土産だから」
 セイは持っていた大きな袋をモーリーに渡すと、リュシアに導かれて奥へと入っていく。

 二人は向かい合いながら、お茶をすすった。
「トゥールとサーシャに会った?」
「ああ、二人目が生まれてたな。小さいもんだな。」
「うん。」
 リュシアはそうしてやわらかく笑うと、幼いはずの顔が母親の顔になる。今、この孤児院には3人の赤子がいるからだろう。 これでも治安が安定して、ずいぶんと減ったのだ。
「サーシャがリュシアはすごいって言ってたぞ。あれだけの子供を良く見られるなって。」
「そんなことない、サーシャはすごい。だって命を生み出したんだもん。」
「……ところで、なんかあったか?」
 セイが少し低い声で言うと、リュシアがびくんっと跳ねた。
「何もないよ?」
「……なんかあったろ。」
 もう一度そう言うと、リュシアの目が少し泳いだ。
「なかったわけじゃないけど、でもいつものことだから、平気。ありがと。」
「……なら良いけど、困ってるなら言えよ?」
「大丈夫。セイは、いつまでいてくれるの?」
「……しばらくはのんびりするかな。」
 セイが少し考えてそう言うと、リュシアはにっこり笑う。
「うん、そうしてくれたら皆喜ぶ。皆待ってたから。もうすぐお祭りなんだって。良かったら 皆と一緒にいて欲しいな。」
「んじゃ、ちょっと世話になるかな。狩りは行くのか?」
「ううん、今は大丈夫、今、部屋支度する。」
 セイが立ち上がると、リュシアは客室の支度をするために部屋を出た。


 ここに泊まるのもすでになれたものだ。セイはラダトームに来た時は、たいていここを宿にしている。
「セイさん、これシーツです。」
 モーリーがセイに白いシーツを手渡す。
「ああ、ありがとう。」
「セイさんって……その、リュシアさんのいい人なのかい?」
「っと、いや?そういう仲じゃねぇよ。」
 唐突な質問に、思わずシーツを取り落としそうになるが、セイはいたって平然と答えて見せた。
「じゃあ、あの、どういう関係なんだい?いい年した男女がお友達ってわけでも ないんだろ?」
「友達じゃ悪いのかよ……っていうかリュシアはなんて言ってんだよ。」
「仲間だって言ってたけどねぇ。」
 つまらなそうに言うモーリーに、セイは苦笑する。
「その通りだよ。リュシアは以前旅をしてて、その旅に同行してたことがあるんだよ。」
「へー。」
「ま、一緒にモンスターとも何度も戦ったからな。」
「ふーん、そうかい……じゃあやっぱりあれがリュシアさんのいい人だったのかねぇ。」
 一人で納得しながら去っていこうとするモーリーを、セイは思わず呼び止める。
「なんだよ、それ。」
「しかし恋人ができたら、ここはどうなるのかねぇ。まぁ、しっかりしてる人だからいい加減なことにはならないだろうけど、 いざ結婚となったら……」
「いやいや、ちょっと待ってくれ。恋人がいるならなんで俺にそんなこと聞いてきたんだ?そもそも 恋人なのか?」
「セイさんこそリュシアさんから聞いてないかい?最近夜毎に通ってきてる男のことなんだけどね。」
「夜毎……ねぇ。」
「ニーナが見たらしいんだけどね。なんだ知らないのかい。」
 モーリーはがっかりしながら部屋から出て行った。


 とりあえずセイがニーナに聞いてみたところ、なかなかいい身なりをした男性で、週に何度か夜、ちょうど子供が 寝た直後くらいに尋ねてくるらしい。リュシアとは少しだけ会話をした後、中には入らず帰っていくということを 繰り返しているそうだ。
「リュシアさんとどういう関係なんですかね?」
「まぁ、それだけじゃ恋人だとはいえねーと思うけどな、ま、機会があったら聞いてみる」
 ニーナの言葉にあいまいにそう答えると、セイは全力を尽くして町に調査に出かけた。


「なんだい、またどっかの貴族の家来かい?」
 近くの食堂で店の女将にリュシアのことを尋ねてみたところ、結構な人物に同じように探りを入れられた、とのことだった。
「いや、俺は調査を頼まれただけなんだけどよ。その子、そんなに有名なのか?」
「そりゃぁ、謎が多い人だよ。成人してるって言ってるらしいけど、どうみても10代の女の子じゃないか。そんな子が 孤児院なんてやってねぇ……しかもどっからも寄付を募ってるわけじゃないし……いったいどうやってるんだろうね。」
 まさか時々異世界にいって、モンスターを倒してお金を稼いでいるとは言いづらい。セイも時々付き合う 狩りだが、こんなことを思いつくあたり、なかなかリュシアも図太くなった。
「もしかしたらあの子は天使かなにかなのかもしれないねぇ。ほら、あそこに世話に なった子、この間城に入ったらしいよ。家事はもちろん文字や計算、剣術や魔法まで仕込んでるって噂だよ。」
「へー、天使、ねぇ。」
 なんとなく笑いがこぼれる。まぁ、ルビスの巫女の召使なら、もう天使と似たようなものかもしれないが。
「その上、あの歌声だろ?そんなわけで、この国どころか他の国のお偉いさんまで、なんだか召抱えたいとか言って るって噂はあるね。」
「外国の貴族までか?」
 さすがにそれは初耳だ。セイは大目の料金を置いて、店を出た。
 何日かかけて、いくつかの店や情報屋を回ってみたところ、おおむねどこも、こんなところだった。
 もっとも知れ渡っているのは、リュシアの歌声であり、国内の貴族や金持ちのみならず、ラダトーム城に招待された 外国の貴族などによって他国に広がり、上流社会には幻の歌姫のような扱いらしい。
 また戦いができ、魔法も使え、財源に豊富に孤児院などしていることから、実は高貴な身分の姫君なのか、 はたまたロトと一緒に戦ったルビスの巫女ではないかなどとまとこしやかに囁かれているらしい。
 そのようなことから、何人もの人間が金や時には実力行使でリュシアを召抱えようとしたが、全て断られているらしい とのこと。

(意外だったな……)
 トゥールやサーシャはともかく、リュシアがこれほど有名になっているとは思わなかったのだ。そう思うセイも、 実は裏の世界では名が知れてしまっているのだが、セイはそのことを知らない。
 とりあえずセイは、胸をなでおろす。ここ何日か孤児院に滞在しても、リュシアに男の 影などまったくない。そう思ってから苦笑する。
(……まぁいても、当然なんだがな……)
 リュシアももう22歳だ。もちろん色々忙しいのだろうが、恋人がいても、結婚していても おかしくない。当然のことで。なのに自分は何もせず、ただ側にいるだけで、相手がいないことに 安堵するその卑怯さを嘲笑したくなる。
 言って関係が変わるのが怖いとか、そんなことではなくて。ただ、自分が。
 なんとなく頭を振って町を見ると、あちこちに露天が出ていた。どうやら今日は何かの祭りらしい。せっかくだから 土産を買って行こうと、セイは手近なお菓子の店へと足を運んだ。
「セイさん!!」
「セイにーちゃん!!」
 両手に土産を抱えて孤児院の前まで戻ってくると、入り口には何人かの子供達とモーリーがいて、セイを 見つけたとたん、騒ぎ出す。
「なんだ?どうした?」
 どうも尋常じゃない様子に、セイは驚いて目を見張る。
 子供の一人が涙声で叫んだ。
「リュシアママが、さらわれちゃったよぉ!!!」

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