〜 カンサツニッキ 〜



 青い空の下、船は揚々と進んでいく。

 とん、と見張り台からセイが降りてくる。
「まだ何にも見えねぇな。そろそろ見えてもいい頃なんだが。」
「仕方ないよ、古い地図だし。」
 トゥールが手にしているのは、なんとか手に入れた、向こう側の大陸へと渡る航路図だった。あちこちが ぼろぼろで虫食っている。
「古いって言っても20年くらいじゃねぇの?」
「……そんなことないと思うよ。多分30年くらいじゃない?だってモンスターが凶暴化してからは大規模な船旅 なんてできなかっただろうし。」
「それもそうか。まぁ、見つかっただけでももうけもんだよな。」
「食料がなくなったらルーラで帰ればいいんだし、飢え死にはしないよ。のんびり行こうよ。あせる理由はないでしょう?」
 トゥールはそう言いながら、持っていた航路図をくるくると巻く。セイはそんなトゥールに顔をよせる。
「……ところで、あれはなんだ。」
 具体的に示されなくても、あれが何かはわかっている。おそらく、自分の背後。船室の向こう側。
「……さぁ……?」
「お前、サーシャになんかやったのか?」
 サーシャが隠れながらじっと、トゥールを見ているのだ。それも、このしばらくずっと、事あるごとにだった。

 トゥールは空に視線を泳がす。
「まぁ、やってない……とはいいがたいんだけど。でも、こんなことされる覚えはないなぁ。」
「惚れられたとか?」
 セイが揶揄するように言うが、トゥールは苦笑して、おそらくサーシャがいるであろう方向を肩を落としながら 親指でさす。
「……あれが、恋する視線に見える?」
「……見えないな。」
 見つめる、などという可愛いものではない。凝視。むしろ観察だ。トゥールはおかげでここ二日ほど朝顔の気分なのだった。
「うん、変なんだよね。この間もさ。ドムドーラでこの地図を探してたときのことなんだけど。」
 トゥールはそう言って、航海前のことを話し始めた。


 新大陸に旅立つにせよ、まったく目安もなく船を出すのはいくらルーラがあるといっても厳しい。たとえ古くても 世界地図のようなものが欲しいと、トゥール達はドムドーラへ来ていた。
 ドムドーラだったのは、ラダトームでは足が付くこと、マイラは田舎過ぎる。メルキドは論外で、リムルダールとドムドーラを 比べた場合、ドムドーラの方が外海に障害が少なくたどり着けるからだった。
 そうして、一通り探した後、トゥールは本屋を訪れる。すると、ちょうど何かを買おうとしているサーシャの後ろ姿を 見たのだった。
「みつかったの?」
「ひゃあぁぁぁぁぁ?!!」
 後ろから声をかけられ、サーシャは思わず声をあげ、買った本を後手に隠す。
「ち、違うの、これは、私の個人的なもので……。」
「そ、そうなの?」
 顔を赤くして首を振りながらそう言うサーシャに、トゥールは呆然としてそれだけを返す。
「じゃ、じゃあ私、また探してくるわ!!」
 そういいながら、本を見えないように抱え、サーシャは本屋の外へと走り出した。


「……人に見られて照れるようじゃ、男としてはまだまだだな。」
 セイの言葉に、トゥールは思わず素で答える。
「いや、そう言う本じゃないから。セイは持ってるの?」
「旅するのには邪魔だろ。盗賊団の兄貴達は持ってたが。じゃあ、なんだったんだ?」
「なんだかは分からないんだけどね。僕も見られて何度か『なんか用?』って聞いたんだけど、あの時の 同じ感じでなんでもないって言われちゃうんだよね……。」
 困ったようにため息をついて振り返ると、そこにはもうサーシャはいなかった。トゥールは肩をこきこきと鳴らす。
「まぁ、別に実害はないんだけど、見られてると思うと、ちょっと肩が凝るよね。」
「まぁ、そのうち飽きるだろ。頑張れや。」
「うん、まぁね。」
 セイの慰めに、トゥールは伸びをしながら答えた。


「サーシャ、変。どうしたの?」
 単刀直入にリュシアがそう切り出したのは、サーシャが甲板の上ではしたなくも寝そべって空を見上げていたときのことだった。
「別に……なんでも……。」
「……ないの?」
 ごまかそうとして起き上がると、リュシアが寂しそうにこちらを見ていた。
「……体調とかは、別に、悪くないんだけれど。」
 隣に腰を据えたリュシアに、サーシャは言いにくそうにもごもごと口にする。
「ずっと、トゥール見てる。……好きに、なった?」
 リュシアは遠慮せずにずばっと切り込んでくる。旅を始める前からは比べ物にならない。リュシアの性格も、 おそらく二人の絆も。
 昔は分からなかっただろうが、今なら分かる。リュシアは遠慮を求めていない。そう判断してサーシャは首を振る。
「違うの、その。……あの、好きかどうか答えを出そうと思って。その、告白されたんだけど、分からないって 言ったら待ってるって言われたから。」
 それでもやっぱり言いにくい。サーシャはリュシアがトゥールのことが好きだったことを知っている。本当に切ないくらいに 好きだという思いは、見ているサーシャにまで伝わってきていた。
 色々複雑だったけれど、心からその恋を応援していたのも、本当だったのだから。
 サーシャはなにやら罪悪感で、口が軽く回っていた。
「だから、答えを早く出さないと、いつまでも待たせるようで……。 女の恋ってどんなのなのかなって、恋愛物の本とか読んでみたんだけれど、よく分からなくて……。 私、恋の相談って男の人からしか受けたことないし……。」
 しかもそれは、おそらく相談という名の愛の告白だったから余計に役に立たない。
「だから、見てたの?」
「その本に、好きなら自然とその人を見続ける、みたいなことが書いてあって、だから見てたらわかるかなって。」
 あせりながら顔を赤くするサーシャを見て、リュシアはくすくすと笑った。そうして、少し寂しそうな目をして、 空を見上げる。
「……リュシアはね。世界が滅びても、いいって思ってた。」

「?!」
「トゥールと一緒にいられるなら、トゥールがリュシアのこと、好きだって言ってくれるなら、世界でトゥールと二人だけに なってもいいって思ってた。もし恋人になれるなら、その瞬間に全部死んじゃってもいいって。」
 そう言ってくすっと笑うリュシアは、子供のたわ言を笑う大人びた顔だった。
「……トゥールがそんなこと、良いって言うはずないのにね。」
 サーシャは息を呑む。あまりにもそれが痛くて。
 ルイーダさん、リュシアの大好きな養母。それにメーベルさん、リュシアがたくさんお世話になっていたトゥールの母。 それに友だった自分。リュシアには他にも大事な人がいたはずだ。
 それを、全部なくてもいい、そう思うほど愛していたのだ、トゥールのことを。その想いを失わせてしまったのだ。
 謝る事はできない。けれど、どうしたらいいか分からなくて。サーシャはうつむいてしまった。
「ごめんね。」
 その声は、サーシャから漏れたのもではなく、思わずサーシャは顔を上げた。
「落ち込ませて。」
「違う、違うの!そんなことない。凄いって、私、そんな風には思えないから。」
 と、すれば今のトゥールへの気持ちは、恋ではないのだろうか。その思いが顔に出たか、リュシアは首を振る。
「でもね、そんな風に思うことないと思う。わたしは、サーシャみたいに教会で奉仕したいって思わないけど、それでもルビスさまに 感謝してる。……サーシャは信仰がないって思う?」
「そんなことないわ。信仰の形はそれぞれよ。心にルビス様があることが分かっている限り、皆等しくルビス様の御子だわ。」
「うん。だからね、恋もそうだよ。人によっても、時間によっても、相手によっても違うの。今、わたしはトゥールに そんな風に思ってない。多分、今の気持ちは恋とは違うから。」
 サーシャはリュシアを見る。あんな想いが変わってしまうことがあるのだろうか。
「そんなものなの、かしら……?」
「今はね、とっても幸せ。トゥールのことが好きでも幸せだったけど、想いが変わって、今ももっと幸せだと思う。 サーシャの形をゆっくり探せばいいよ。自然にわかるまで、置いておいた方が良いと思う。」
 そう言われ、サーシャは戸惑う。
「……いつまで置いておいてもいいのかしら……?」
「サーシャが他に好きな人ができるとか、どうしてもトゥールが好きになれそうもないとか……そういうことじゃないと、 今無理に答えを出しても、トゥールはあきらめないと思うよ?」
 リュシアはからかうようにサーシャの顔を覗いた。

”そして、リュシアは私に、その本を貸してと言って来た。あした忘れずに貸そうと思う。”
 今日の出来事を書き置いて、サーシャは筆を置く。
 日記を書き始めたのだ。トゥールが書く冒険の書じゃない、自分の中のことを書く日記。
 今はただ、平素な文章だが、やがてトゥールのことが増えるのだろうか。減るのだろうか。それは わからない。
 ただ、こうして、自分の中を観察してもっと大人になれたらいいなと、サーシャは思った。



 あるようなないようなSSです。こうしてゆっくり始めていくんだよとそんな感じで。意外と アホの子です、サーシャは。
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