〜 勝利と恋音を貴方に 〜



 彼の(ひと)は、光を浴びてそこにいた。
 見た瞬間、まさに心奪われた。

 澄み切った青い瞳が見ているのは、神々の物語を写したステンドグラスだ。それはこの修道院の中でも自慢の一品で、 だれもがため息をつく美しいもののはずなのに、今はかすんで見える。
 主張しすぎない、しかし見事なまでに通った鼻筋の下には、小さくて赤い唇。まるで薔薇の花びらがあるかのように さえ見える。
 青く艶やかに光る髪は、ゆるやかなカーブを描きながら彼の女の体の、まるで折れてしまいそうなほど 繊細でかつ、均整の取れた端麗な体を包んでいる。
 すらりと伸びた手足の動き一つ一つが麗しく、鮮やかだった。
 初めて目にした瞬間から、片時も目を離せない。息さえ出来ない。ただ自分は、あの女を見るために生まれてきたかの ようにさえ思う。
「サーシャーーー!!」
 遠くから、聞きなれない男の声がすると、彼女はステンドグラスから目を離した。
 ああ、彼女の名は、サーシャと言うのか。
 結局彼女がその男と話し、立ち去るまで、ずっと彼女を目に焼き付けていた。


 水の街、ベラヌール。それはこの世界でもメルキドに並ぶ、宗教都市だという。特にベラヌールは修行僧の教育に 力を入れている街らしい。向こうでのダーマとランシールのような関係だろうか。
 そうして、トゥール達が目指すロンダルキアというところは、上で言うところの地球のへそのようなところらしい。 いや、それよりももっと厳格な場所なのだろう。行ってみたいと頼んだトゥールたちに、修道院の長は一蹴して断ってきた。
 いわく、かの地は聖なる地であり、それは修行を積んだ者しか踏み入ることができない特別な場所。遊び半分で 入ることなど許されない。
「だからそのまま追い返されちゃったよ。ごめん。」
 トゥールの言葉にサーシャは首を振る。
「そんな、謝らないで。私こそ勝手なお願いをしてごめんなさい。」
「人数いても、しかたないと思う。サーシャ、楽しかった?」
 リュシアがサーシャを覗き込むと、サーシャはにっこりと笑う。サーシャはステンドグラスとその解説のプレートに心引かれ、 三人が頼み込んでいる間に、ずっとそれに見入っていたのだ。
「ええ、楽しかったわ。神話を描いたステンドグラスは美しかったし、横に記されていた神話はやはり上とは違うのよね。 もう、いっそのこと、ここで私が修行しようかしら。」
「おいおい。」
 思わずセイが突っ込むと、サーシャはにっこりと笑う。
「まぁ、いつまでかかるか分からないけれど、最終手段ではあるわね。」
「とはいえ、本当に僧侶以外が入り込めないのかってことだよな。上でも結構な人数が修行してるって話しだし、そうすると 物資の流通なんかがあるだろうしな。それなりの建物があるなら、補修作業なんかもあるしな。 それも全部僧侶がやるってんなら厳しいが、その方向から行ったほうが良さそうだ。」
 セイの意見に同意し、四人は宿へと戻っていった。


「あの、サーシャさん。お客様がいらしておりますが……。」
 次の日の朝。宿の人間にそう呼び出され、サーシャは急いで身支度を整える。
「私にですか?他の三人には?どちらの方です?」
「貴方のお名前だけです。その……修道院長様の使いと名乗られているのですが……。」
 その言葉に、サーシャは目を丸くした。


 結局サーシャは四人を起こし、修道院長の使いへと挑む。その男は見るからに年季の入った僧侶だった。
「あの、私をお呼びの方は貴方ですか?」
 サーシャが声をかけると、じろじろと値踏みするようにこちらを見る。
「なるほど、貴方がサーシャですか……。ではこちらへ。修道院長様がお呼びです。」
「修道院長の使いとおっしゃいましたね。先日はどうも。それでも僕の仲間になんの用ですか?どこに 連れて行くつもりですか?」
 トゥールがサーシャをかばうように立ち上がり、男をにらみつける。
「なんだね君は?君は呼ばれていない、あちらへ行くんだな。」
「貴方こそなんですか?サーシャは僕の大切な仲間です。無理に連れて行こうとするなら容赦しませんよ。」
「なんだと?この私を侮辱すると言うのか?!」
 怒鳴る男に、トゥールは一切引く気はなかった。
「僕たちは旅人で、貴方のことを知りません。常識で考えてください。知らない若い女性をほいほい連れ出してく男性が まっとうな人間に見えますか?貴方なら着いていきますか?」
 鋭い目でにらみつけられ、男はしぶしぶと言った。トゥールが怖かったというより、周りの目を気にしていたのかもしれない。
「修道院長様が、教会でお待ちです。不安ならそちらの方々も、まぁ、いいでしょう……。なんの用かは聞かされておりませんが… …。」
「修道院じゃなくて教会でか?」
 修道院はこの町の中枢を司る建物で、多くの僧侶が集まり、修行し、生活している本拠地だ。対して教会は、人々が祈りを捧げ たり、相談事を持ちかける、末端の場所になる。
 セイが思わずそう言うが、男は気にしなかった。
「院長様には院長様のお考えもあるのです。さぁ、お待ちかねです、いらしてください。」


「なるほど、なるほど。……そちらの仲間だったのか。」
 出迎えた四人に、院長は居丈高にそう言う。
「初めまして、サーシャと申します。先日は仲間がお世話になりました。それで本日はなんの御用でしょうか?」
「……責任を取ってもらいたい。」
 礼儀正しく頭を下げたサーシャに、院長はあくまでも不機嫌のそう言う。
「責任と、申しますと……?」
「34人。いいか、34人だ。昨日、そなたが帰ってから、私にこの院をやめたいと言ってきたのは。 それも全部、サーシャ、そなたに惚れたからだと私に申し立てしてきたのだ!」

 サーシャはその言葉に、ぽかんと目を丸くする。
「は……あの、その修道院長様、ルビス様に誓って申し上げますけれど、昨日はそちらの美しいステンドグラスと、その 横にあった神話を書いたプレートを読んでいただけで、仲間以外の誰ともお話していないのですけれど……。」
「わかってはいる!!わかってはいるんだ!!」
 どうやらその34人から詳しいことを聞いているらしい。それでもさすがに34人は大人数で、それが やめるとなれば一大事なのだろう。
「つーか、やめたいならやめさせてやればいいんじゃねぇの?信仰の自由ってもんがあるだろ?」
「この街ではそうはいかんよ。一度院に入り、身を捧げた以上、それを出るという事はすなわち この街からの追放を意味する。それでもなお、一目ぼれした娘に着いて行きたいと言われ…… この大事な時期にどうしてくれようか……。」
 セイの言葉にいらただしげにいう院長に、サーシャは困ったように首をかしげる。
「院長様、責任とおっしゃられますが、私にどのようなことをお望みなのでしょう?心ならずも信仰を妨げてしまった 以上、出来ることならばご協力したいと思いますけれど。」
「いっそロンダルギアへ通してくれれば二度とこの街に現れないが、どうだ?」
「できるわけないだろう!彼の地は言い伝えの残る聖なる土地。心身共に強い者のみが 歩むことが出来る土地だ。半端なものに触れさせるわけには行かぬ。」
 セイの提案に、いらだたしげに院長は叫ぶ。それに身を引きながら、リュシアは脱線しそうな院長に声をかける。
「……じゃあ、サーシャはどうすればいいの?」
「結婚してもらいたい。」
 その院長の言葉に、四人はまるで氷のように固まった。


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