目を丸くしたセイに、トゥールは首をかしげる。
「え、なんでそんなに驚くのさ。」
「いや、なんていうか。……なんか当たり前のことに気がつかなかったな、と。そっか、休めば良いのか。」
「そうだよ、今までずっと頑張ってきたんだし、しばらく休んでも罰は当たらないよ。」
「果報は寝て待てっていうもんな。」
 感心したように、セイは言う。
「家宝?」
「いや、いい知らせって意味だ。焦ってんな、俺は。」
 自分に苦笑するセイに、トゥールは小さく笑う。
「皆焦ってるよ、サーシャもリュシアもね。」
「二人もか?」
 セイが再び目を丸くする。それにトゥールも驚いた。
「珍しいね。そういうの、一番目ざといのに。サーシャはほら、下の世界で過ごすなら、 一から勉強しなおさないとだろうし……ルビス様にあって、色々思うところもあるんじゃないかと思うんだけど。 この間、修道院にいたのって、その関係じゃないかな。」
「ああ、そうなのか。」
 あんなこともあったなら、神を信じられなくもなるだろう。セイは元々信じてはいないが。
「リュシアも、色々考えてるんだと思うよ。ルイーダさん結婚しちゃったし。あの酒場もどうなってるのかな。」
「……そうだったな。」
 短くはない旅をしている間、リュシアが帰りたかった場所が変わってしまっているのだ。辛い思いを しているだろうか。そう思うと、少し胸が切なくなる。
 笑っていて欲しいと思う。笑顔をずっと見ていたいと思う。
 ……それでも、多分、自分は。リュシアを幸せには出来ないだろうとわかっていた。
「……なんか暗い顔してるよ、セイ。」
 見透かされているように、トゥールはセイを覗き込んでそう言った。
「いや、そろそろ眠くなってきただけだ、俺はそろそろ寝る。あんがとな。」
 セイは立ち上がり、そのまま部屋を出ようとすると、その背中にトゥールが声をかけた。
「……セイはなんでもできるけど、……これだけはへたくそだよね。」
「何がだ?」
 思わず振りかけると、トゥールはにんまりと笑った。
「甘えること、だよ。たまには甘えるのも悪くないと思うよ。」
「……ばぁか、何言ってんだ。大の大人が誰に甘えるっつーんだよ。」
 セイは一瞬固まった後、苦笑しながらそう言って、部屋を出て行った。


 ずん、と神竜の巨体が四人の体を押しつぶす。体をかばう間もなく、四人の体のあちこちに傷がつく。
「くっそ、いい気になりやがって!!」
 血が体にまとわりつくのをかまわず立ち上がると、トゥールが振りかざした賢者の石が、セイ達の体を癒す。
「回復は僕がするよ。気にせず行って!!」
 トゥールの言葉に、もう何度目か分からない呪文を重ねるように唱えるサーシャとリュシア。
「「メラゾーマ!!」」
 二つの巨大な火が、神竜の体を焼く。燃える神竜に向かって、この塔で拾った鉄球をセイは振りかざし、思い切りぶつける。
 顔をはたくようにぶつけられた鉄球が、神竜を顔を歪ませるが、その歪んだ顔から吹雪を吐き出し、四人を凍らせる。そして 流れるようにセイの体を口で救い上げ、そのまま噛み砕いた。
 体のあちこちに穴が開けられたまま、地面に叩きつけられるセイに、図ったようにトゥールの呪文が飛ぶ。
「ベホマズン!!」
 たちまちふさがっていく傷への違和感も無視して、セイは再び立ち上がり、高く飛び上がり、鉄球を頭に思い切りぶつけた。

「見事だ!!この私を打ち負かしてしまうとはな!!久しぶりに心から楽しませてもらったぞ! そなたの願いを一つだけ叶えてやろう。さあ願いをいうがいい。」
 神竜が上機嫌にそう言ってきて、初めてトゥール達は勝った事に気がついた。
「……あ、あの、僕たち、元の……生まれた世界に帰りたいんです。」
 トゥールはおずおずとそう言うと、神竜はずいっとその巨大な体を近づけてくる。何度も噛み砕かれた身としては体が 引けた。
「ふむ……だが、そなたはルビスに封印されておる身ではないか?その意思を感じるが。」
「はい、ルビス様がそうお望みな事は分かっています。最終的にはさっきまでいた世界に腰を落ち着けるつもりです。 でも、僕はまだ遣り残したことがあるので……できれば行き来できるようになりたいんですが……。」
 もぞもぞとそう言うと、神竜は少しだけ考えて言った。
「……ふむ、わかった。この二つの世界を繋げることは出来ぬが、行き来したければゼニスの城へ行くが良い!ではさらばだ!!」
 神竜はそう言うと、その尻尾で四人を力いっぱい叩いた。四人はその衝撃で空へと舞い上がった。


 どうなったのか分からないが、ついた場所は、かつてバラモスを倒した後に降りた、あの森だった。
「ここ……は。」
「帰ってきたの……?!」
 信じられないように周りを見回すトゥールとサーシャ。どうやら間違いないと分かると、二人は嬉しそうに 万歳をした。
 リュシアもその嬉しさを隠し切れず、思わずサーシャに抱きついて喜ぶ。だが、一通りその喜びをかみしめると、 ずっと座り込んでいたセイを見た。
「……どうしたの?」
「……いや、……色々疲れてな。……帰ってこられた、ようだな。良かったな、リュシア。」
 まさか尻尾で叩かれるとは思っておらず、なんだか脱力したままだったのだ。
「セイは大丈夫?怪我はない?」
「それは平気だ。使い慣れん武器でちょっとやりづらかったけどな。」
 そうにかっと笑うと、リュシアはセイの側へとととと、と近寄ってきて、おもむろに頭を撫でた。
「うん、セイ頑張ったね。」
 よしよし、と子供にするように撫でると、リュシアはまるで聖母のように美しく微笑む。
「リュシアー、セイー、とりあえずアリアハンに戻ろうよ!!」
 そう森の入り口から手を振るトゥールに、リュシアは振り返る。
「うん、今行く!!セイも行こ?」
 そう差し伸べてくる手をつかむのが、なぜか恥ずかしく、頭を撫でられてから妙に耳が熱いのを感じる。
「ああ……そうだな。」
 結局セイはその手をつかむ事はせず、自力で立ち上がり、走っていくリュシアの後を、早足で追いかけた。


 そんなわけで神竜決戦、というわけではありませんが、無事に上の世界に帰ってきました。下の世界に名前ってあるんでした っけ。アレフガルド、は大陸名だと認識しておるわけですが。名前的には世界名っぽいですけどね。北欧神話的に。
 なんか進路に悩む若者、みたいな感じですが、セイには帰る場所もないわけで、なかなか辛いなと 思います。ずっと風来坊ですからね。
 この先リュシアとの仲は遅々として進みません。トゥールとサーシャはそのあたりやきもきしていれば いいと思います。
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